予約忘れの会津旅、始動

予約していたことをすっかり忘れていた 会津若松 旅行。とはいえ、会津若松に行く理由はしっかりある。喜多方ラーメンを食べたいし、ダークツーリストとして白虎隊は外せない。
当日は、土曜日に移動するのは時間がもったいないので、金曜日の業後に新幹線に乗った。乗り換えの郡山まではたったの1時間15分。意外と東北は近い。

郡山での時間は30分しかないので、急いで空腹を満たさなければならない。早足で駅ビルの「もりっしゅ」という店に入り、ラストオーダーぎりぎりでソースカツ丼を頼んだ。
甘めのソースにカラシがよく合い、疲れた金曜夜の体に染みる。店員さんの感じもよく、このボリュームで1,050円はかなり安い。
夜9時半の会津若松駅


会津へ向かう最後の区間は、在来線の磐越西線。ワンマン電車で、ボタンを押して車内へ入ると中はほぼ満席だった。旅情に浸る余裕もなく、立ち乗り確定。1時間以上揺られ続けるのはなかなか堪える。
会津若松駅に着いたのは夜9時半だった。電車を降りた瞬間、東京とは違う冷気が肌に刺さり、東北に来たことをようやく実感する。


駅前はぽつりぽつりとチェーン居酒屋の灯りが見える程度。観光地の玄関口にしては意外なほど殺風景 で、夜の静けさがやけに広がっていた。
ホテルは駅から徒歩数分。年季は入っているものの、角部屋なので悪くなかった。館内着に着替えたら、やることもないのでだらだら友人とチャット。
そして、気づけばそのまま寝落ちしていた。金曜夜からの強行移動は、やはり体に来ていたらしい。
鶴ヶ城にて晴天の霹靂を食らう

朝は6時に起きたら、身支度をして朝食会場へ。正直、朝食には期待していなかったが、会津名物のこづゆなどもあり、よくある業務用メニューでないのが好印象だった。




ホテルを出て最初に向かったのは 鶴ヶ城。戊辰戦争で籠城戦が行われた場所として知られ、展示もかなりしっかりしている。特に会津側から見た戊辰戦争の説明が多かった。
屋上からの景色も素晴らしい。会津若松の街並みが一望でき、晴天も相まって非常に気持ちがいい。
そしてここで、人生レベルの勘違いを知ることになる。なんと 建物としての城は「天守閣」であり、堀や石垣を含めた全体が「城」だったのだ。晴天の霹靂。


鶴ヶ城を出たあとは、近くの 福島県立博物館 へ。歴史・民俗・自然とバランスよくまとまっていて、地方博物館としてかなり優秀だと思った。
欲を言えば、中世以降の展示をもう少し深掘りしてほしかったが、それでも十分見応えはあった。
墓巡りで終わる午前中





次に向かったのは、少し距離のある 近藤勇の墓。墓所は天寧寺の奥にあるのだが、実質ほぼ山で気分は墓参りというより軽いハイキングだった。
坂道を登りながら、何度も墓石の名前を確認する。ようやく近藤勇のお墓を見つけた頃には、この寒さの中でも少し汗ばんでいた。
そもそも、なぜ東京で斬首された近藤勇の墓が会津にあるのか。これには副長の土方歳三が関係している。彼は近藤の遺髪などを密かに持ち出していて、東北へ転戦している合間に彼の埋葬をしたらしい。
戊辰戦争後、生き残った隊員らが土方歳三を思って近藤勇の隣に埋葬したという。だから、近藤の隣に土方のお墓があるのだ。新選組の固い絆を感じさせるとともに、その彼らが完全に歴史の敗者になったことを考えるとなんとも切ない。
他にも、周囲には戊辰戦争の余波で自害した萱野親子の墓や、土地の名士だった田中家の墓なども並んでいる。気づけば、知らない人の墓参りが止まらない。結局、午前中はお墓参りで終わってしまった。


お昼は近くの「おにやんま」という蕎麦屋で、天ざるの大盛り(≒2,000円)を食べた。ツユはやや薄めだったが、コシの強い蕎麦はつるっとしていて悪くない。


食後は、たまたま見つけた雑貨屋を併設した体育館のようなカフェで一服。ネットのレビューに酷評が多かったが、イスがキャンプ用の簡易チェアで落ち着かない以外は、至って普通のいいカフェだった。ネットのレビューは本当に信用できない。
(続く)