異国のサウナで、身も心も温まる



この日は、クラブ組が朝は動けないはず。ならばと決めていたのが、韓国名物・チムジルバン体験。 幸運にも、ホテルのすぐそばにサウナがあるではないか。
開店直後に突撃すると、店内はガラガラ。受付にはおばあさんがひとり。 何やら一生懸命何かを伝えようとしてくれるのだが、言葉が全然分からない。ともあれ、受付を済ませて浴場へ。
が、中に入ると浴槽にはまだお湯が溜まっている最中。サウナもまだ温め中だった。さすがに来るのが早すぎたかと若干の後悔を覚えつつ、気を取り直してチムジルバンエリアへ。
ここが最高だった。 日本の岩盤浴よりずっと高温で、入るなりじわっと汗がにじむ。誰もいない洞穴のような空間に寝転がると、全身の緊張がふわっと解けていく。まさに至福のひととき。
帰り際、受付に寄ると女性店員さんに「サウナはどうでしたか?」と聞かれた。意図が掴めずあやふやに返事をすると、「おばあさんが『まだお風呂の準備ができていないことを伝えられず、申し訳なかった』と言っていたんです」と教えてくれた。
──なるほど、そういうことだったのか。
言葉は通じなくても、そこにあるのは温かな気遣い。異国の地で触れた優しさに、文字通り身も心も温まった。「また来ます!」と彼女に約束し、僕は店を後にした。
慰安婦像の前で考えたこと


サウナでさっぱりした後は、クラブ組と合流し、安国のカフェで作戦会議。前日は流行りの観光地を巡ったので、今日はちょっと趣向を変えて博物館や美術館を回ることに。
話しているうちに、テーマは慰安婦問題へ。そして、せっかくだからかつてニュースを賑わせた慰安婦像を見に行こうという流れになった。
噂の像は景福宮のすぐそばにある。ところが、実際に行ってみると驚いたことに バリケードが張られていた。近づこうとすると、警備の警官に注意されやむなく引き返すことに。
なぜこんな厳戒態勢なのか。あとで調べると、撤去をめぐって 右翼系団体と左翼系団体の衝突があった ことが分かった。現政権は右寄りで対日融和路線を進めているため、慰安婦像の撤去を求める声が可視化されつつあるのかもしれない。
この像をめぐる動きは韓国だけではない。ドイツでは撤去が表明される一方、2024年にはイタリアに新たに設置されている。この歴史を 積年の恨みと捉えるか、未来への反省と捉えるか。その解釈次第で、像の意味も変わる。
どちらにせよ、日韓が同じ方向を向くには、まだまだ時間が必要なのかもしれない。
南大門刑務所歴史館:抑圧の歴史を物語る赤レンガ


まず向かったのは 南大門刑務所歴史館。赤レンガ造りの建物は、一見するとおしゃれな西洋建築のよう。しかし、その背景を知ると、その印象は一変する。ここは、歴史を通じて権力による抑圧が繰り返された場所 だった。
日本統治時代、この刑務所には独立を求めた愛国者たちが投獄された。そしてその後、朴正煕政権下では、民主化を求める人々が捕らえられることになる。時代は違えど、ここで自由を求めた者が翼をもがれ続けた。
特に、日本統治時代の展示は衝撃的だった。日本による弾圧の歴史を再確認することで、民族意識を鼓舞する場としての役割を担っていることが伝わってくる。
大東亜共栄圏は幻想だったのか



館内は1階が歴史、2階が独立運動、地下は日本軍の拷問部屋という構成になっていた。つまり、ほぼすべてが日本の残酷性を際立たせる作り になっている。
日本人として見学するのは、正直かなり気まずい。 しかも、館内には学童の団体がたくさんいた。どうやら社会科見学のルートに組み込まれているようだ。
特に衝撃を受けたのは拷問部屋。あまりにリアルに再現されており、果たしてこれを年端もいかない子どもたちに見せることが、道徳的に正しいのか と考えさせられた。
日本はかつて大東亜共栄圏という構想のもと、アジア各国を「解放」しようとした。しかし、その結果として何が得られたのか。
確かに、日本の統治によってインフラが整備されたなどの実利もあった。だが、その一方で深く癒えない傷を残してしまったことも、否定できない事実だ。
品行方正な日本軍──これは 清廉潔白な政治家と同じで、実際にはほとんどが幻想だったのではないか。八紘一宇という理念は、確かに美しい。しかし、現実には どんな親であっても、親は親であって、他人の養子にはなりたくない のだ。
日本軍は、きっと「善い行いをすれば人がついてくる」と頑なに信じていた。 しかし、それは純粋すぎたのかもしれないし、同時にあまりに傲慢だった。
再現された囚人たちの暮らし



南大門刑務所歴史館の敷地は広大で、いくつもの別館が点在していた。その中には、実際の牢獄を再現したエリアもあり、当時の囚人たちの生活がどのようなものだったのかを垣間見ることができる。
もちろん、囚人たちの生活環境は劣悪だっただろう。寒さや食糧事情、衛生環境など、どれをとっても過酷だったに違いない。ただ、正直に言うと、部屋のスペースだけで見れば意外と悪くないのではと思ってしまった。
ソウル駅の銅像にみる、歴史認識のギャップ


刑務所を後にして、昼食を求めてソウル駅へ向かった。この駅は、東京駅にそっくりで、観光名所にもなっている。理由はシンプルで、どちらも 辰野金吾 という日本の建築家によって設計されたからだ。
そんなソウル駅のもうひとつのハイライトが、手榴弾を持った 姜宇奎(カン・ウギュ)の銅像。日本ではほぼ無名だが、彼はかつて朝鮮総督を暗殺しようとし、37名の死傷者を出した。その後、南大門刑務所で処刑された。
韓国では、彼は国章を授与されるほどの「英雄」。一方、日本から見れば「テロリスト」 という犯罪者。歴史認識の一致なんて、夢のまた夢なのだろうか。この銅像を見つめながら、そんなことを考えた。
ビール片手に日韓関係の話



ランチは、ソウル駅近くの目当ての店に行く予定だったのだが まさかの定休日。遠出する気力もなかったので、すぐそばにあった焼き肉屋に入ることにした。
出てきたのは、昨日食べたポッサムとほぼ同じような料理。とはいえ、味も店の雰囲気も抜群。 いい店を引き当てた。
ビールを片手に、僕たちは日韓関係の未来について語り合った──ような気がする。焼き肉の香ばしい匂いと、ほどよい酔いせいだろうか。歴史の話も、未来の展望も、いつの間にかただの雑談へと溶けていった。
(続く)