


西安よりずっと西にある敦煌。そのイメージは、静寂がそっと腰を下ろしている月夜の砂漠。中国でありながら中国でないような、未知の世界が僕を待っている気がした。敦煌に到着したのは夕方の5時前。それにも関わらず、日差しには刺すような鋭さがあった。不思議と蒸し暑さを感じなかったのは、空気が乾燥し切っていたせいだろう。空港の上に掲げられた敦煌の文字を見て、僕の気持ちは徐々に高ぶっていった。
しかし、高ぶる僕の気持ちは、空港に入った途端にあっさりと鎮まった。この小さな敦煌空港には、両替所がないのだ。ここで両替をしようと思っていた僕の手持ちはたったの30元(≒450円)。これではタクシーでホテルに行けるかどうかも怪しい。何かが僕の中でガラガラと音を立てて崩れてゆく。焦った僕は空港の外に出て、誰かのお迎えらしき車の運転手に声を掛けた。運転手はホテルの住所を見て、渋面で首を横に振った。それでもしぶとく噛み付いていると、「Which hotel are you going to?」という声が中から聞こえてきた。それは僕にとって神の声だった。
声をかけてくれたのは眼鏡をかけた中年男性。僕より10歳は上だろう。僕が事情を話すと、彼は運転手と中国語で話し始めた。そして、僕を同乗させてくれたのだ。話を聞くと、彼は台湾の出身。僕が日本人だというと、知っていると言わんばかりに笑って、自分が幼い頃父親から日本式の教育を受けたことを教えてくれた。また彼は、中国語が出来ないならこの辺を旅するのはさぞ大変だろうと同情してくれた。
10分ほどして彼のホテルに到着。僕たちが車を降りると、なんと彼はすぐに近くのタクシーを呼び止め、僕をホテルまで送ってくれた。「我愛台湾!」と絶叫して踊り狂いたい気分だった。ホテルに到着すると、彼は僕からタクシー代を受け取らずに笑顔で去って行った。捨てる神あれば拾う神あり。敦煌に見捨てられた日本人は、敦煌で台湾人に拾われたのだった。

無事ホテルに着いて、安堵のため息をついた。しかし、僕はこのため息をすぐに取り消さねばならなかった。僕の「Check in please」に対する受付の若い女性の返事は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔だった。まさかホテルでも英語が通じないとは。彼女ははにかんだ様子で一向に何もしてくれないので、「予約済」と紙に書いて見せてみた。通じなかった。しばらくして、彼女は僕にいくつか質問してきたのだが、言葉が通じないことは分かり切っているので、お互い会話の後で笑いを堪えることができなかった。
消灯しているロビーには僕以外の客はいなかった。彼女は完全にマイペースで、客を待たせてはいけないという概念がそもそもないようだった。僕は敦煌まで来て焦っている自分がバカバカしくなり、彼女の対応をのんびり待つことにした。少しして、彼女は僕の部屋のカードを持ったまま何かを言ってきた。僕が紙を差し出すと、彼女は「押金」と書いた。これはすぐに分かった。彼女はデポジット(保証金)を要求しているのだ。僕はすぐに払おうと財布を出して、少し前の悪夢を思い出した。そう、僕は今100元さえ払えないのだ。ここでまた筆談という名の徒労が始まり、最終的に彼女の書いた「1,000日元(=1,000円)」で決着。僕は夏目漱石を1枚差し出してカードキーを受け取った。
肩を叩かれたのは、ちょうど彼女からカードキーを受け取った直後だった。振り返ると先ほどの台湾人男性。彼は今から観光に行かないかと僕を誘った。そして、まだ何も決めていないなら明日もどうかと聞いてきた。実際、何の予定もない僕は彼の提案を拒否する理由がなかった。ただ、観光に行く前に両替をしたい旨を彼に伝えた。彼は両替できる5つ星ホテルを知っていると教えてくれた。
僕たちはタクシー乗りこんで、まずは両替の旅に出た。5つ星ホテルへは3分程で到着。高いホテルだけあって、ロビーには日本人の団体ツアー客がいた。僕は早速カウンターで2万円を出して両替を依頼。すんなり中国元を受け取れると思ったが、ここでまたもや呪わしきトラブルが発生。最終的にサインをする時に、受付の女性が両替は宿泊客にしかできないと言い放ったのだ。理不尽な規則に憤りを覚えたが、僕には嘆くことしか出来ない。結局、台湾人男性が割って入って、三つ巴の交渉が始まった。彼はじっくり彼女を説得をしてくれたが、そもそも彼女にはその権限がないようだった。
最終的に僕たちが至った結論は、先ほどいた日本人客に両替を頼むこと。苛立ちを隠せず5分ほど待っていると、ひとりの日本人男性が運良くこちらに向かってきた。僕は彼に声を掛けた。「すいません、大変申し訳ないんですけど僕の代わりに両替をしてもらえないでしょうか・・・?」と。敦煌でこんな質問をした日本人が一体何人いただろうか。残念なことに、彼はパスポートをガイドに預けているらしく、この時両替はできなかった。希望は絶たれ、状況は振り出しに。
やがて僕たちの困っている様子を見た受付の女性が、どこかへ何度も電話をしてくれた。そして、1万円であればホテルの客でなくても両替が出来ると言ってくれた。粘り勝ちで一件落着。僕は約600元をありがたく受け取った。僕にとってこのお金は宝くじで当てた100万円に等しい。そして、これはひとえに台湾人男性と受付の中国人女性のおかげ。ぎくしゃくした東アジア情勢の中での日中台の連携プレーに胸が熱くなる。一方、一連の両替トラブルによって、僕の心は砂漠よりも乾いていた。
(続く)