朝7時、ホテルの送迎を使ってハノイ空港へ。ハノイからはラオス経由(ヴィエンチャン空港)でプノンペン入り。プノンペン行きの飛行機はがらがらで、僕の横には注意欠陥気味の若いフランス人の女性。入国カードの書き方がわからないらしく、限界の英語で書き方を教えてあげた。
快晴のプノンペンに降り立ち、空港入り口でトゥクトゥクのチケットをもらった。すると運転手がそれを見て、満面の笑みで声をかけてきた。詐欺師の作り笑いにも見えるが、僕は彼のトゥクトゥクに乗ってホテルに向かった。途中、彼は頼んでもいないのに小さなとうもろこしをおごりで5つくらい買ってくれた。疑惑が確信に変わる瞬間。この男、怪しい。
彼は写真入りの観光スポットの紙を見せて、「どこか行きたいところはないのか?」「明日の予定はどうなんだ?」とひたすら聞いてきた。口癖は「You Good?」。観光に関しては市内から10km以上離れたキリングフィールドに行きたいと思っていた。しかし、シェムリアップのように単に骸骨が並べてあるだけなら金の無駄かと悩んでいると、「歴史に興味があるなら絶対に行ったほうがいい。ここのキリングフィールドは一番有名だ。それで明日の予定は?ホテルは俺が知っているところのほうが断然安いぞ?You Good?」。
これも何かの縁だろうと、怪しい運転手とキリングフィールド行きを決定。ハノイの屈辱(昨日のぼったくり事件)を胆に銘じている僕は警戒して以下の流れで会話。
僕「空港からホテルまでの値段込みでいくらになる?」
彼「うーん、30ドルだ。」
僕「(吹っ掛けていると想定して)少し高い。25ドルにしてくれないか?」
彼「・・・・。じゃあ28ドルはどうだ?あそこは遠いし、そんなに高い値段ではないはずだ、マイフレンド。」
僕「(友達じゃないだろうと思いつつ)それじゃあ28ドルでOK。時間がないから早く行こう。」
彼「おれは優秀なドライバーだから大丈夫だ。&”%E)#$(以下、何を言っているか不明)」
10分ほどすると雨は小降りになり一安心。キリングフィールドに向かうにつれ、建物は減り、のどかな田園風景が広がった。この少し先に無数の罪なきカンボジア人の命を奪った殺人施設があるとは到底思えない。人の心はカンボジアの天気のように豹変するものなのかもしれない。
小雨降る中、キリングフィールドへ到着。運転手に束の間の別れを告げ、入口にて音声ガイドとヘッドホンを渡された。中央にそびえ立つのは慰霊塔。それ以外はニワトリと犬がほっつき歩くただの原っぱだった。クメールルージュ崩壊後、処刑場だったこの地はカンボジア人の手により全て壊されてしまったのだ。
首都から離れたこの土地はチュンエク村と呼ばれ、元々は中国人墓地だった。何故この土地が虐殺場に選ばれたかというと、それは辺鄙な土地の方が目立たないという単純な理由からだった。無実の人々は目隠しをされてここに連れて来られ、殴り殺された後にそのまま穴に埋められた。余りに殺される人数が多い時には、殺される待ち時間に自分や仲間の死刑執行の書面にサインすることもあったとか。
慰霊塔のそばにキリングツリーと呼ばれる木がある。木が誰かを殺したのではなく、クメールルージュが小さな子供をこの木に叩きつけて殺したのだ。供養の意味でたくさんの輪がつけられているが、実際に殺された子供たちの数はこれよりずっと多かったに違いない。他人とは言え、同族の子供をこんな風に殺せるものだろうか。組織が人を狂気に駆り立てるのか、それとも殺さなければ自分が殺されるという恐怖が狂気を肯定するのか。
ここには至るところに人骨がある。この人骨のひとつひとつが憎むべき暴力の悲惨な犠牲だ。しかし、こうも大量の人骨に囲まれると人間は認識の限界を超えてしまう。チャップリンの「一人殺せば殺人者で100万人殺せば英雄となる」とはまさにこのこと。
音声ガイドには当時を生き残った人々の体験談があり、どれも後味が悪くてやりきれなかった。強制労働で赤ん坊にお乳をほとんどあげられず、その後クメールルージュに子供をさらわれてしまった女性。10人以上の男に気絶するまで強姦され全裸で道に捨てられた女性。バナナを2本もらったという理由だけで若い女性がクメールルージュに殴り殺された現場を見てしまった男性。どの人も自身が体験した苦しみを克服できず、今も精神科に通っているとのこと。
この処刑場では、人々の断末魔の叫び声をかき消すために終始革命歌を流していたらしい。無実のカンボジア人たちは革命歌を聞きながら、死体だらけの穴の前に立たされ何を思っただろうか。骸骨は黙して何も語らず。生きている僕たちはうなだれる他ない。
さて、またもや現実的な話に戻る。こちらはうなだれているわけにはいかない。帰り道、トゥクトゥクの運転手は空気を察したのか、あまり話しかけて来なかった。そして、ホテルに到着。恐らく彼も苦労したのだろうと心中を察して、チップとして彼の言い値である30ドルを払うつもりでいた(本当は28ドル)。そして以下の流れ。
僕 「(20ドル札を2枚渡しながら)お釣りはある?」
彼 「あるよ。(何故か10ドル札のみ渡す。2ドル不足)」
僕 「(そもそもあげる予定だったので2ドルには触れずに)今日は雨の中ありがとう。」
彼 「ところで明日はどうするんだ?」
僕 「明日は歩くから別にいい。」
彼 「はっはっは、わかったよ。(しまったっといった様子で)あ、そういえばあと5ドルもらってない。会社に払う分があるんだ。」
僕 「どういう意味?28ドルでいいって言ったよね?」
彼 「違うんだ。これには空港からホテルまでのお金が入っていない。」
僕 「それはちゃんと移動する前に確認したはず!」
彼 「あぁ困った。会社にお金を払ったら損してしまう。払ってくれないか?(ちなみに空港からホテルまでは7ドルのため5ドルは意味不明)」
僕 「ちょっと待って。まず何でお釣りが10ドルなの?君はあと2ドル返すべきだ。」
彼 「会社にお金を払わないといけないから5ドル払ってくれないだろうか。(ものすごく困った演技)」
彼 「会社にお金を・・・・」
僕 「わかった。君が2ドルを返してくれたら5ドルを払う。」
彼 「どうか5ドルを払ってくれ、マイフレンド。」
僕 「28ドルの約束だから払えない。」
彼 「・・・。」
僕 「・・・。(首を横に振る)」
彼 「わかった、3ドルでいいよ。(もの凄い渋面)」
僕 「(3ドルを渡す)ありがとう。じゃあね。」
彼 「・・・。(無言で去る)」
結論。やがて悲しきマイフレンド。どこまでいってもクズはクズ。