狭すぎるベッドから起きたら外は雨。しかも、結構強い。仕方がないので、昨日夜な夜な調べたオシャレカフェリストは封印して、ホテルの朝食ビュッフェを食べることに決めた。もちろんメニューは固いパンにハムとチーズの定番セット。この組み合わせにはうんざりしているものの、他に選択肢がない。みずみずしいパプリカとキュウリが唯一の救い。
部屋で天気を見ていたら、お隣のマルメー [Malmö] というスウェーデンの都市が曇りだった。電車で40分ほどの距離なので悪くない。ということで、コペンハーゲン観光は諦めてマルメーに行くことにした。慣れない券売機でどうにかチケットを買うと、出てきたのは名刺サイズのチケット。デンマークはEUROを使ってないので、金額欄には96.00DDK(デンマーク・クローネ)と印字されていた。その時はせいぜい500円程度とたかをくくっていたが、後で調べたら約2,000円だった。公共料金は安いんじゃないのか、デンマークよ。
マルメーはスウェーデン第3の都市。ただ、人口は30万人台で日本のどの都道府県よりも少ない。通りを歩く人はまばらで、マルメーについて何も知らない自分がマルメーを歩いていることにものすごい違和感を感じる。国内では味わえないこの異邦人体験が何より旅の醍醐味と言える。ちなみに雨はほぼ降っていないものの、強い風のおかげで体感はコペンハーゲンよりも寒い。
街の中心と思しき広場に着くと、威厳のある赤レンガの建物がそびえていた。調べたらマルメー市庁舎らしい。ヨーロッパの地方自治体の建築物は、行政だけでなくアートの役割も果たしている。このあたりで一服したかったが、周囲に何もない広場では風がきつくて全然休めない。更に近くの公衆トイレは有料で、現金がない僕には入れない。何だか街から拒絶されているようで、マルメーに来た意味を問わざるを得ない。
とにかく室内に入りたいので手ごろな観光地を探してみたら、マルメー博物館なるものがあった。あらゆるアート系の施設がマルメー城の中に入っているらしく、口コミ評価もかなり高い。早速行ってみると、城自体は単なるレンガの壁で完全に期待外れだった。
博物館は、美術や歴史だけでなく水族館や自然博物館もあり、見ようと思えば余裕で1日が潰れるボリューム。受付の人がフレンドリーで、マルメーの孤独が幾分か癒された。まずはロッカーに荷物を預けて美術館へ。前衛的な作品が多く、いい意味で期待を裏切られた。個性が爆発した絵画だけでなく、ミステリアスなオブジェも至る所に配置されていて、言うなれば混沌のテーマパーク。
別な入口に入ると当時のマルメー城が再現されていた。マルメー城は15世紀に建てられ、当時はデンマークによって統治されていた。偉い人の説明がいくつもあったが、恐らくみんなデンマーク人なのだろう。スウェーデン人からすればデンマークに統治されていたというのは負の歴史かもしれないが、はたから見ると内部の小競り合いのように思える。日中韓の歴史的ないざこざも、きっとヨーロッパの人から見たら同じに違いない。
マルメー城は近代になって城から刑務所に変わったとのことで、その歴史も紐解かれていた。ペスト(黒死病)に始まる刑務所エリアは、薄暗いだけでなく不気味な音声がずっと流れていて、ほとんどお化け屋敷。子供がひとりで来たら泣くと思う。その後には独房があり、最後は受刑者の写真が飾られていた。きっと写真は処刑された囚人なのだろうと思ったら、単に再犯を防ぐ意味で出所時に撮ったものだった。負の遺産ばかり巡っていると大量の写真が遺影にしか見えなくなる。
刑務所エリアの片隅に小部屋を見つけた。何かと思って見てみるとユダヤ人のホロコーストについての映像が流れていた。マルメー刑務所にユダヤ人が収容されたことはなかったが、第二次世界大戦時には病院として機能していたこともあったようだ。当時のスウェーデンは地理的にも枢軸国のドイツに譲歩せざるを得なかったが、基本的には中立を保っている。にもかかわらず、ホロコーストという負の遺産を引き継ごうという姿勢は評価に値する。大戦中、多くのユダヤ人を救ったラウル・ワレンバーグの影響もあるのかもしれない。
続いて、現代アートのエリアに行ってみた。最初の美術館も前衛的だったが、こちらは極限まで無駄を削ぎ落して生身の不条理を突き付けるようなものばかり。それぞれの作品にはきっと現代社会に対する問題提起があるに違いないが、「常に意味付けを求める現代の価値観を否定する」と捉えて無心で鑑賞することが個人的にはしっくりくる。普段お金を払ってこういう展示を見ることがないので、ある意味貴重な体験になった。
この後は水族館やら自然博物館やらを流し見して、博物館内のレストランで昼食を取ることにした。スカンジナビア料理を提供するお店で期待が膨らむ。メニューが全てスウェーデン語だったので、人が食べている魚料理をこっそり指さしてどうにか注文した。いわゆるアジの南蛮漬けで、日本人にはホッとする味。個人的には、パンとハムよりジャガイモと魚の方がずっと体にしっくりくる。
(続く)