5月1日から台湾経由でハノイとプノンペンに行ってきた。今回の一番の目的はプノンペンのトゥール・スレン。僕が生まれた頃に起こった悲劇を、いつかこの目で確かめたいと思っていた。
出発前日は準備でほとんど眠れず、毎度恒例の睡眠不足。成田空港に着いて、トイレで用を足していると、女性の構内アナウンスが聞こえてきた。「チャイナェア、エラっ、、チャイナエナ、ちゃ、チャイエアーナっっ・・エァ、ちゃ、チャイナエアーラインにご搭乗の。。。」と空前絶後の噛み具合。堪えきれず肩を震わせると、お小水の軌道がずれた。
台北到着。ほどよい蒸し暑さに異国情緒を感じながらバスで市内へ向かうことに。カウンタで「To Taipei station」と言ったら、チケットを2枚渡され、何故かお釣りが少なかった。なるほど「2 Taipei station」。払い戻しに行ったら、お互い笑い合って解決した。非母国語同士のコミュニケーションは往々にしてコミカルになる。
台北駅前でバスを降り、地下道から道路を渡ってYMCAというホテルへ向かった。チェックイン時、フロントの人が僕の名前の書き方が分からなかったらしく、丁寧に一画ずつ実演披露してあげた。台湾ではこの漢字は使わないのかと聞いたら、どうやら使わないらしい素振り。繁体字の方を使っているか、僕の英語が通じていないかのどちらかだろう。
予定では夜市に繰り出す予定だったのだが、時間も時間なのでホテル近辺の散策で済ませることに。この辺は語学教室と怪しい日本食のレストランが多い。しばらく歩いていると空腹も頂点に達し、入りやすそうなお店を選んで牛肉麺とミミガー的な食べ物をいただいた。
帰りがけに屋台で肉まんを買って、部屋で台湾ビールでしめやかに晩酌。のんびり写真の整理をしていると、向かいの部屋からけたたましい声がどんどん重なってきた。壁の薄さと中国人旅行客もまた一興。気がつけば夜も更け、朝は5時起き。またもや眠れない。
出発当日は、どうにか朝5時に起きてバス停へ。行きと同じく國光客運のバスに乗り、予定通り桃園空港に到着。出国手続きも問題なく終わり、搭乗開始の時間が訪れた。飛行機に乗る直前にベトナムでいくら両替するか考えようと思い、僕はショルダーバッグから財布を取り出そうとした。財布がない。何度探しても財布がない。ボストンバックを探してもない。靴の中まで探してもやはりない。
これはまずいとすぐさま搭乗口の係員に事情を説明。話していくうちに落ち着きを取り戻し、失くしたのはバスの中である可能性が高いと判断した。係員の方たちは迅速に國光客運に電話をしてくれ、念のため僕は再度荷物をダブルチェック。当然ボストンバッグの中には何もなく、僕の前に突如現れた奈落の底になす術なく呆然とした。
しかし、ここで奇跡が起きた。しばらく青い顔で不毛な荷物チェックをしていたら、係員が僕の財布がバス会社によって無事保護されていることを伝えてくれたのだ。しかも、國光客運が空港まで届けてくれるらしい。台北の奇跡。フライトの変更もハノイのホテルへの連絡も無事済ますことができ、万事解決。命が繋がった。
変更後のフライトは13:30。時間を失いはしたものの、財布を取り戻せたので一安心。この一件で、僕は困った時には他人が助けてくれるという性善説を再確認した。國光客運の方々とチャイナエアーラインの方々へ深謝。
この世界がパラレルワールドだとすると、決して交じり合えない「財布が見つからなかった僕」がどこかにいる。向こう側の僕が今頃どうしているかを考えると恐ろしい。特に注意力が散漫になる早朝は注意しよう。遅めの朝食となったサンドウィッチを食べながら、あくび交じりに気持ちを引き締めた。