パンとチーズで始まるヨーロッパの朝

朝起きたら、まずは朝食を食べに1階のレストランへ。そこで並んでいるのはパン、ハム、そしてチーズというヨーロッパ定番のラインナップ。
この組み合わせが妙に懐かしい。ぶっきらぼうな固パンをかじる度に、自分がヨーロッパにいる実感が増していく。
今日の重要テーマは時差ボケを完全に叩き直すことなので、朝からコーヒーをぐびぐび飲む。それにしても、これだけ外食が高いとホテルの朝食は本当にありがたい。
ダークツーリズム VS 誘惑のカフェ


今日は、Tomorrowland用のテントを貸してくれる友人に会うため、夕方から アントワープ へ向かう。
それまで特に予定はないので、旅先で困ったときの秘技、ダークツーリズム を繰り出すことにした。陽気で自由なイメージの強いアムステルダムにも、レジスタンスやホロコーストの歴史を伝える博物館がある。
レジスタンス博物館 は中心部から東へ20分ほど。歩くにつれ観光客の喧騒が少しずつ消えて、落ち着いた街並みを楽しめる。
こうなると、道端に並ぶテラス席のカフェが 猛烈な誘惑オーラを放ってくる。休憩するには早過ぎるが、結局、Café Fonteyn というカフェに吸い込まれ、カプチーノを注文してしまった(≒650円)。
熱い日差しに、湿気のない爽やかな風。そんな中でぼんやり飲むコーヒーは、最高のひと言に尽きる。夏のヨーロッパの醍醐味のひとつ。
陽気な街の裏側に残る、戦争と抵抗の記憶





レジスタンス博物館は、街並みに溶け込むように建っていた。いかにも戦争博物館という重々しさはなく、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうだ。
入口で17€(≒3,100円)を払い、オーディオガイドを借りて見学開始。展示の作りは以前行ったデンマークのレジスタンス博物館と似ていて、個人のエピソードを積み重ねながら占領下の歴史を追っていく。
第二次世界大戦で中立を宣言していたオランダも、1940年5月にナチス・ドイツの侵攻を受け、わずか数日で降伏。その後、1945年まで約5年間にわたって占領下に置かれた。
展示では、占領を受け入れて日常を守ろうとする人、ドイツ側に協力する人、そして危険を承知で抵抗する人など、それぞれの選択が描かれている。戦況が変わるにつれて、その関係も徐々に激しくなっていく。
中でも初めて知ったのが、解放直前の1944〜45年に起きた 飢餓の冬(Hongerwinter)だった。ドイツ軍の輸送を妨害するために始まったオランダ鉄道のストライキが原因で、特に西部の都市では深刻な食料不足に陥り、多くの人が飢えと寒さで命を落としてしまった。
食べ物だけでなく燃料も不足し、人々は木を切ったり、空き家を壊して薪を確保したという。華やかなアムステルダムの街を歩いた直後だけに、ここそんなことが起きていたとはなかなか想像できない。
この手の博物館には何度も足を運んでいるが、国家単位では似たような歴史でも、そこに生きた個人の人生の帰結は千差万別なので飽きることがない。そして毎回思うのが、ヨーロッパの第二次世界大戦に関する展示や記録の厚さ。日本にはないこの情報量が本当に羨ましい。
運河沿いのテラスで味わうオランダ名物


博物館の見学を終えたら、ちょうどランチタイム。せっかくなのでオランダっぽいものを食べようとGoogleで検索をしていたら Rembrandt Corner というレストランを見つけた。
メニューを見るとオランダ名物の Bitterballenとパンケーキがあるし、運河沿いのテラス席が空いている。別のパンケーキの有名店も気になったいたが、少し遠いうえに並んでいそうな雰囲気なのでここに決めた。
Bitterballen はフォークが刺さらないほど表面が固い、一口サイズのコロッケ。一方、中の餡はクリーミーでうま味がしっかりある。これは文句なしに合格。
パンケーキのほうは、オランダ式は薄手の生地なのだが、とにかく面積が大きい。今回はプレーンを頼んだので、後半は延々と退屈なシロップ味との戦いになってしまった…。
それにしても、爽やかな風に吹かれながら、運河が血管のように流れる景観を眺めながら食べるランチは最高すぎる。時折、風に乗って大麻の香りがプンプン漂ってくるのも、いかにもアムステルダム。
お会計は21€(≒3,900円)。決して安くはないはずなのに、3,000円超えが当たり前の世界にいると、もはやリーズナブルに思えてくる。
Eurostarでアントワープへ

ホテルに戻ってスマホを充電したら、Eurostarでアントワープへ。正直、旅行者が日帰りで行く場所ではないが、もう色々感覚がおかしくなってきている。
アムステルダムからアントワープまでは約1時間20分。東京からちょっと遠出するくらいの感覚で、あっさり国境を越えられるのがヨーロッパの面白いところ。
駅ではプラットホームへ向かうドアがなかなか開かず、少しやきもき。結局開いたのは発車5分前で、待っていた乗客が一斉に自分の車両を探しながら足早に乗り込んでいった。
無事に席について電車が動き出すと、今度は車内アナウンスが妙に気になった。思いっきり巻き舌なうえに、やたらハイテンションなのだ。日本もこのくらい抑揚をつけたら、毎日の通勤が少しは楽しくなるかもしれない。
旧市街を抜けて歩く、アントワープの午後


ユトレヒト、ロッテルダムといった街を通り過ぎ、ようやくアントワープに到着。まず驚いたのが、中央駅のあまりにも立派な構内だった。
高い天井と重厚な装飾に囲まれていると、一瞬大聖堂にでも入ったような気分になる。さすがはアートの街、アントワープ。
ここで、すでにアントワープに泊まっていた友人Oと合流。普段日本で会っている友人と、当たり前のようにアントワープで落ち合うというのは 最高に地味な偉業 だと思う。


夕食まで特にやることもないので、まずは賑やかな旧市街の手前にあるカフェで一服することにした。アントワープもカフェは最高。
行きかう人々を眺めながら、よもやま話。友人Oは旅慣れているにも関わらず、久しぶりのヨーロッパに若干緊張していて笑ってしまった。



一服したら街歩き。旧市街を少し北へ外れると、アントワープ大学の建物があるエリアに入る。観光客で賑わう中心部とは打って変わって、急に落ち着いた空気になる。
そのままさらに歩いていくと、今度は Schipperskwartier という赤線地区がある。昼間だったこともあってかなり閑散としていたが、この辺りは夜になれば全然違う表情を見せるのだろう。
華やかな旧市街、静かな学生街、そして赤線地区。アントワープの特徴と言っていいか分からないが、同じ街の中でここまでコロコロと表情が変わる街も珍しい。
ドイツから届いた噂のテント
街歩きを終えたら、友人Oが泊まるホテルへ。ここで今回Tomorrowlandに参戦するレイバー(?)たちが集合した。(特に会話には出なかったが、その昔「ヨーロッパで待ち合わせできたら面白いね」と冗談で言っていたことが、ここであっさり実現したことは記しておこう)
ロビーでしばらく待っていると、大きなカバンを持った女性が入ってきた。彼女が僕たちにテントを貸してくれる救世主。お互い簡単に挨拶をして、日本から持ってきたワンピースのお土産を彼女に渡した。
これで明日からの寝床を確保できたことに一安心。一方、重大な事実が判明してしまった。
──このテント、とてつもなく重い…
3人分まとめて持ってみると、明らかに女性ひとりで担げるような重量ではない。それを彼女はドイツから電車で運んできたというから、とてつもないフィジカルだ。


夕食は、みんな到着がバラバラだったので空腹具合もまちまち。店選びにこだわる状況でもなかったので、適当に見つけたテラスのあるハンバーガー店へ入った。
テントを持ってきてくれた彼女は藤井風のファンらしく、日本のこともかなり詳しい。さらに仕事は環境エンジニアで、水素がどうこうと熱っぽく説明してくれた。
日本人とドイツ人がベルギーで集まるという不思議な会は、大いに盛り上がってあっという間に時間は過ぎていった。残念だが、自分はアムステルダムへ戻らなければならないので午後10時ごろにお暇。それにしても夏のヨーロッパは、この時間になってもまだ空が明るいから時間の感覚がおかしくなる。


帰りの電車はしっかり遅延して、アムステルダムに戻ったころには日付が変わる直前だった。駅前には飲み歩く人たちが大勢いて、昼間とはまた違った賑わいがある。
海外旅行中の夜は基本ホテルにいるので、真夜中のヨーロッパを歩くのは妙に新鮮だった。ネオンに照らされた聖ニコラス教会が美しく、運河のほとりでしばし見入ってしまった。
(続く)