四日市で公害の歴史をたどる

最終日は 四日市 へ向かう。旅の最後にして、テーマは少し重めの公害だ。ダークツーリズムは公害も当然その範囲に入るので、ここを素通りするわけにはいかない。
四日市は津の北にあり、鈍行で40分ほど。車窓を眺めているうちに着く距離なので、最終日の寄り道としてもちょうどいい。
到着してまず向かったのはローカル喫茶だった。せっかくなら四日市の朝をモーニングで始めたい。
ところが店内はほぼ満席。仕方ないので、少し離れたマックへ移動した。四日市で公害の歴史を学ぶ1日は、ソーセージマフィンセットから始まった。
四日市ぜんそく──公害と発展のはざまで


目的地は 四日市市立博物館。ここには四日市ぜんそくの展示があり、今回どうしても見ておきたい場所だった。
受付に行くと、なんと常設展は無料とのこと。ついでなので、特別展とプラネタリウムのチケットも勢いで買ってしまった(プラネタリウムも有名らしい)。
常設展は、四日市の歴史・四日市出身の作家・四日市ぜんそくの3エリアで構成されている。まず見たのは、四日市の歴史エリアだった。
昔の街並みがかなりリアルに再現されていて、歩いているだけでも面白い。ここで初めて、四日市が東海道の宿場町として栄えた場所だと知った。
地名の由来も、毎月4日に開かれていた市場=四日市とのこと。何のひねりもない名前が定着している現実を見ると、名前にこだわるということには何の意味もないと思う。




ぜんそくエリアに行くと、係員の男性が色々と説明してくれた。四日市に生まれ育った方で、ギリギリ被害はなかったものの、当時は大変だったことを実感を込めて語ってくれた。
被害の深刻さで言えば水俣病の方が知られているかもしれない。ただ、ぜんそくになった人の肉声を聞くと相当つらそうで、公害の被害は数値だけでは測れないことを痛感する。
四日市ぜんそくをめぐる原告9名の裁判はすでに決着していた。そして現在の四日市は、環境に配慮した取り組みによって、クリーンな街へと生まれ変わっている。
公害の難しさは、一概に国や企業だけを悪いと断罪しきれないところにある。コンビナートの建設によって雇用が生まれ、税収が増え、街の発展につながった側面もあったはずだ。
そもそも四日市が選ばれたのも、海沿いの港を持ち、工業都市としてのポテンシャルが評価されたからだ。街の可能性と発展が、逆にその住民を長きにわたり苦しめてしまったことに公害の悲劇がある。
しかし、それでも住民の健康被害を仕方なかったの一言で片付けることはできない。起きたことは起きたこととして受け止め、未来のためにもこうした発信は続けるべきだと思う。そして、もっと大切なことは、僕たちが知ろうとすること。
百名店のラーメンを食べる


常設展を見終えたあとは、特別展の「大正イマジュリィの世界」をざっと見学した。じっくり見始めるとかなり時間がかかりそうだったので、今回は軽く眺める程度で撤収する。
実はこれには理由もあった。お昼は四日市の百名店、「麺屋そにどり」に行くと決めていたのだ。開店のタイミングの逃して並ぶのは避けたい。つまり、アートよりラーメン。
博物館から歩くこと10分ほどで到着。並びも数人だったので、すぐに入ることができた。注文したのは当然全部入りラーメン。
運ばれてきた一杯は、煮干しと鶏をベースにした醤油スープだった。あっさり系のラーメンは好きなのだが、なかなか複雑な味がする。
まずくはないし、きっとこれがこだわりの差別化要素なのだろう。しかし、また四日市に来たらに食べたいかと聞かたら少し考えてしまう。
有名店でも、自分の好みにぴたりとはまるとは限らない。結局のところ、ラーメンは好み。
四日市港ポートビル、展望室から考える四日市


食後は電車を乗り継ぎ、四日市港ポートビル へ向かった。博物館で係員の方におすすめされた場所で、展望室からコンビナートを含む四日市の街並みを一望できるという。
ただしアクセスはあまり良くない。電車を乗り継いで富田浜駅まで行き、そこから徒歩で向かう。
ポートビルは第3コンビナートのエリアに位置している。周囲には工場が立ち並び、所々から煙が立ち上っている。博物館で四日市の歴史を学んだ直後ということもあり、自然と周囲の景色に目が向いた。



展望室は14階にあり、窓からは東西南北を見渡すことができる。特に南側には第3コンビナートの工場群が広がっていた。巨大な設備が並ぶ光景には、退廃的で力強い独特の迫力がある。
説明によると、第3コンビナートは住宅地から距離を取る形で整備されている。また現在では脱硫装置などの環境対策も行われており、公害防止への取り組みが続けられているとのこと。
展望室から見える空は澄み渡っていた。遠くまで見通せる景色を眺めながら、ふと考える。四日市ぜんそくが社会問題になっていた当時、目の前に広がる穏やかな景色は、排ガスで別世界のようだったのだろうか。
アクロバティック旅行を振り返る

四日市港ポートビルを見学したあとは、そのまま名古屋経由で帰宅することにした。
新幹線に乗り込み、ようやく旅も終わりだと一息ついたところで、重大なことを思い出す。三重に住む友人から勧められていた へんば餅 を買い忘れていたのだ。
気付いた時にはすでに時遅し。仕方がないので、名古屋駅で代わりに なが餅 を購入する。三重の餅枠としては、なんとか面目を保ったことにしたい。
もともと今回の旅は伊勢神宮が主目的だった。そこに前半の台湾と、最後の四日市を付け足した形だったが、結果としては大成功だった。
大渓では自然と食を満喫し、伊勢では神話と歴史に触れ、四日市では公害という重いテーマについて考えることができた。興味の方向はバラバラなのに、不思議と一本の旅として成立している。
そして今回、改めて気付いたことがある。それは宿の重要性だ。
大渓のホテルも津のドーミーインも快適で、しっかり眠ることができた。旅をしていると観光地や食事ばかりに目が向きがちだが、部屋の快適さによって翌日の疲労感は驚くほど変わる。
我ながら少し欲張りな旅だったが、その分だけ記憶に残る旅にもなった。次に三重に行ったときは忘れずにへんば餅を買おう、そんなことを考えながら家路についた。