朝食バイキングにて赤っ恥

今回三重に来た最大の目的は、もちろん 伊勢神宮。最近、日本神話や古代史にハマっていて、一度は実際に訪れてみたいと思っていた。
さて、朝は楽しみにしていたドーミーインの朝食バイキング。ところが受付で、予約したのが朝食なしプランだったことが判明して赤っ恥。
「あれ?そんなはずはないんだけど…」としどろもどろな言い訳をしつつ、リストを確認するスタッフを止めてその場でお金を払った。
さすが高級ホテル(?)だけあって料理は豪華。ひつまぶしに松阪牛の煮物と、三重らしいメニューがずらりと並んでいた。料金は2,000円だったが、それ以上のその価値はあった。おすすめ。
伊勢神宮 外宮──1,500年続く祈りの場所
伊勢神宮へは電車で伊勢市駅へ向かう。
伊勢神宮は日本最高位の神社。内宮には天照大御神、外宮には豊受大御神が祀られており、日本神話や古代史に興味がある人間にとっては聖地と言ってもいい。




伊勢市駅を出ると、早速 外宮 へ続く参道が伸びていた。飲食店や土産物店が並び、観光地らしい賑わいを見せている。
参道を進むと最初の鳥居が見える。周囲は鬱蒼とした木々に囲まれており、この日は曇り空だったこともあって、なかなか神秘的な雰囲気だった。

さらに奥へ進むと、右手に正宮が見えてくる。鳥居の向こうに見える茅葺き屋根の建築は、まるで周囲の森と一体化しているようだった。人工物でありながら、自然の中に違和感なく溶け込んでいる。
せっかくなので、いつもより丁寧に参拝し、横から少しだけ見える正殿にも目を向けた。これが1,500年もの間受け継がれてきた建物なのか と思うと、息を飲む思いがする。
そして、数え切れない人々がここに来て様々な思いで祈りを捧げた。その長い営みの中に自分が含まれたと思うと、歴史の重みという言葉では表し切れないものがある。



他に外宮を訪れて興味深かったのは、遷宮の仕組みだ。古いものを残すのではなく、作り直しながら受け継ぐ。これを考えた天武天皇はすごい。
外宮の参拝を終えたあとは、いくつかある別宮も巡った。どの社も驚くほど質素でありながら、森の中に静かに佇む姿は存在感があり、周囲の自然と一体になっているようにも見える。
歩いているうちに、日本人は自然を征服するのではなく、その中で生きてきた民族なのだということを肌で感じた。
深まるアマテラスの謎


外宮の参拝を終えたあとは、隣接する 式年遷宮記念せんぐう館 へ向かった。ここは、その名の通り伊勢神宮の式年遷宮をテーマにした博物館。遷宮で実際に使われた部材や道具、建築技術などが展示されている。
展示の中で特に気になったのは、アマテラスとトヨウケに関する話だった。説明によると、アマテラスが五十鈴川のほとりに鎮座した後、「食事にも不自由している」ということでトヨウケを呼び寄せたという。
要はアマテラスが困り果てて助けを求めたエピソードだと思うのだが、皇祖神にしてはあまりに扱いが雑ではないだろうか。ある意味、この手の人間臭さが陰謀論に繋がるのだろう。
展示を見ながら館内を進むと、最後のホールには外宮正宮の等身大レプリカが設置されていた。写真や図面では分からない迫力があり、伊勢神宮の建築がいかに巨大な事業なのかを実感できた。(ただし、これを作るくらいなら実物を見せて欲しいという思いもなくはない)
次回の式年遷宮は2033年。実際にその空気を味わうのは難しいかもしれないが、せっかくならその頃にもう一度訪れてみたい。
おかげ横丁で伊勢うどん


次はバスに乗って 内宮 へ向かう。外宮と内宮は隣接しているようなイメージを持っていたのだが、実際に移動してみると思った以上に距離があった。
内宮の最寄りでバスを降りると、まず向かったのは有名な おかげ横丁。ここは内宮の門前町に整備された観光エリアで、江戸から明治にかけての伊勢路の街並みを再現している。
せっかく伊勢まで来たのだから、まずは伊勢うどんを食べることにした。目指すはふくすけという有名店。すでにかなり行列ができていたが、ファストフード感覚で回転は早かった。

しばらく並んで注文したのは、悩みに悩んで月見うどん。極太で柔らかい麺に、濃い色のタレがよく合う。この食感を楽しむなら、天ぷらではなく卵を選んだのは正解だった。
食後はそのままおかげ横丁を散策する。牛肉がそこまで好きではないので松阪牛は余裕でスルーできるが、海鮮系は魅力的なお店が多く、後ろ髪が引かれまくる。
伊勢神宮 内宮──神話の余白を楽しむ




アマテラスを祀る内宮に着いた頃には、朝から広がっていた曇り空はすっかり消えていた。さすがは太陽神。
五十鈴川を渡り、参道を歩いていくと周囲は背の高い杉の木々に囲まれ、空気も少し変わったように感じる。
その先に石段が現れ、その上に正宮がある。森に包まれたこの空間に立っていると、天照大御神は太陽神というより、むしろ森そのものを司る神なのではないかと思えてくる。


正宮の前は多くの参拝客で賑わっていた。お賽銭を納める場所まで進むにもそれなりに時間がかかった。ここでも丁寧に参拝。
参拝を終えた後は、外宮と同じように横から正宮を眺めてみた。その奥には 三種の神器のひとつである八咫鏡が納められている とされる。そう考えると、急に神話の世界が現実と地続きになったような不思議な感覚になる。
一方で、参拝しながら色々と考えてしまった。
皇祖神を祀る場所としては、内宮は意外なほど質素に見える。立地も決して便利な場所ではなく、正宮の規模も外宮と劇的に違うようには感じなかった。
さらに、せんぐう館で見たトヨウケが呼び寄せられた話も頭に残っている。アマテラスはここで食うや食わずの生活を送っていたのだ。
また、日本書紀や古事記では、崇神天皇がアマテラスを宮中で祀ることを畏れ、倭姫命が各地を巡って最終的に伊勢へ辿り着いたとされている。
こうした話を眺めていると、崇神天皇が新しい王朝を開いた人物という説も間違いではないように思える。つまり、アマテラスはそれ以前の勢力の象徴的存在だった、と。
もちろん、これは単なる仮説に過ぎない。ただ、神話には解釈の余白がたくさんから、歴史的事実と照らし合わせながら想像を巡らせるのが面白い。伊勢神宮は神社であると同時に、日本神話最大の謎解きの舞台なのかもしれない。
神宮徴古館から津の夜へ



最後は倭姫宮に立ち寄って 神宮徴古館 に向かった。ここは伊勢神宮に関する歴史資料や美術工芸品を収蔵・展示する博物館。
建物そのものは素晴らしかった。重厚感のある西洋建築は存在感があり、思わず見入ってしまう。ただ、展示内容についてはかなりマニア向けだった印象。後から考えると、隣の農業館へ行った方が楽しめたかもしれない。
それでも外宮と内宮を参拝し、その歴史や神話にも触れることができたのは大きな収穫だった。伊勢神宮という場所には、日本人の自然観や死生観が凝縮されているように感じる。
神話や歴史に興味を持って訪れたつもりだったが、それ以上に感覚的な部分を刺激される体験だった。これまでの旅ではあまり味わったことのない種類の面白さがあり、本当に来てよかったと思う。


津へ戻ると、ちょうど夕食の時間になっていた。せっかくなので駅前にある有名な大観亭へ向かう。
注文したのは特上のうな重(≒3,100円)。ひと口食べてまず驚いたのは皮だった。表面がパリッとしていて香ばしい。これが噂の関西風かと衝撃を受けた。
さらに食べ進めると、ご飯がやたら多いように見えた理由も判明した。なんとうなぎの身がご飯の中に埋まっていたのだ。ふざけているようにも感じるが、なかなか嬉しいサプライズ。
もちろん味も申し分なく、伊勢参拝の締めくくりとしては十分すぎる夕食だった。
ホテルへ戻ったあとは、サウナ付きの大浴場へ。もはや体力回復のためなのか、それとも逆に消耗しにいくのか分からないが、とりあえず入らないと気が済まない。
ただ、この日は若者のグループが来ていて、サウナが満室だった。どうして彼らは集団で行動したがるのだろう。
どう考えてもサウナは自分のペースと時間で入るべきもの。湯につかりながら不満たらたらだが、日本人の個を捨て集団に奉仕するメンタリティ が垣間見れて面白くもある。