今は亡きソビエト連邦は共産主義国家実現のため、民族の自主性を認めず強制的に「ひとつの国家」を作り上げた。しかし、共産主義の理想と現実の葛藤の中で、ソ連は民族の自主性を認めざるを得なくなり、結果、民族自決の方針がソ連自体を崩壊させるに至った。この本は、崩壊直前のソ連時代の民族問題について、関係者のインタビューを中心にその実相を浮かび上がらせている。どんな優れた学術的な説明より、やはり生の声が真に迫る。
一番の問題は、ソ連によって既にあった民族問題が悪化したことではなく、ソ連によって「民族問題が新たに作られた」という点。強制移住による民族対立の発生は結果論として百歩譲るとしても、ソ連が自らの権力維持のために民族対立を積極的に煽り、その結果起こった虐殺を放置していたことは絶対に許されない。
結局、民族対立というのは、独裁者の邪悪な統治手法であって、自分の隣にいる他民族が敵であるというのは幻想に過ぎない。が、言語・文化・宗教が異なると、情報が少ない一般市民は「異文化=異分子=敵」と見なしてしまうのだろう。ただ、民族対立によって不幸になるのは正に対立している当事者。だから、民族問題に直面したら、「得するのは誰か?」ということを冷静に考えないと流浪の民になりかねない。しかし、権力側の情報操作に一般市民が抵抗するというのは、鍵のない鉄の檻から自力で出ろ言われるくらい難しい。
では、民族対立を解決するにはどうしたらいいのだろうか。その糸口のひとつは愛国心にあると思う。対立する民族は、それぞれ強烈な民族の自尊心に満ち溢れている。この自尊心は団結にはもってこいだが、一方で他者を迫害する絶好の理由になる。いわば愛国心は諸刃の剣なので、愛国教育とともに博愛の精神を小さいうちから教え込むことが必要だと個人的には思う。非常にドライな言い方になるが、結局はどう平和的な方向に洗脳するかという話。悪の洗脳には善の洗脳で対抗するしかない。