グラーツの遅めの朝。消火器をかけたような朝もやは、旅行者の心を折るのに十分な濃度だった。僕は残りのチーズを少し食べて、軽いため息。そして、簡単な身支度を済ませて、階下のレストランで朝食をたしなんだ。途中、通りかかったオーナーに声を掛けられたから、Grazer Murinselへ行ったことを報告。彼は朝一番の笑顔を返してくれた。
名残を惜しみながら、Feldkirchen-Seiersberg駅へ。無人の駅は相変わらず殺風景で、電車なんてもう2度と通らないような静けさだった。次の電車が来るまであと20分。背後に人の声を感じて振り向いたら、乗馬をしている家族だった。
グラーツ駅に到着したのはバス出発の直前。バスがすぐに見つかったのが幸いだった。次の目的地はスロベニアのリュブリャナ。日本人には馴染みのない都市だが、バスは満席。車内の熱気に期待が膨らむ。
気が付けばバスはリュブリャナに停車していた。外に出ると飾らない街並みと、壁に沿って並ぶ人々。実は着いたらホテルのオーナーに連絡する約束をしていたため、早速Wi-Fiの繋がるマクドナルドの近くへ。すると、入口で東欧系の女性に声を掛けられた。どうやら彼女のiPhoneの充電が切れてしまい、待ち合わせ相手に連絡ができないとのこと。僕はカバンをまさぐり、彼女に充電器を渡した。
彼女の充電がある程度済むまで、マクドナルド横のカフェで歓談。彼女は偶然にもザグレブ出身で、更に職種も近いことが判明した。僕はこの出会いを逃すまいと、機を見てホテルのオーナーへの電話を依頼。彼女は快く引き受けてくれて、オーナーに20分ほどしたら僕が向かう旨を伝えてくれた。
待ち合わせの場所で待つこと10分。オーナーのMarinaが現れる気配はない。近くのホテルに聞いてみても手掛かりはなく、僕は懐手しながら再び外で待ちぼうけ。更に待つこと15分。人ごみから自転車に乗ったお洒落なおばあさんが満面の笑みでやってきた。そして、彼女は自転車を止めて「Finally!!!!」と絶叫。なんでも、僕の到着が遅いから、アジア人の男性がいないかと街中聞いて回っていたらしい。
部屋はホテルの1室というより、完全に1DKの住まいだった。室内は細部まで女性らしいこだわりが施されていて、むさ苦しい中年の僕には場違いな気さえした。Marinaは一通り部屋の説明をして、簡単なスロベニア語講座までしてくれてた。ちなみに、彼女は「Slovenia」を「sLOVEnia」と綴っていて、僕はそれがとても気に入った。
部屋が快適で出かける気がすっかり失せてしまったが、夕食のためにしぶしぶ外出。夜のリュブリャナは流れ星のような灯りがともり、昼間とは別世界のようだった。こじんまりした街だが、それが逆に冬の寒さを包み込むような温かみを醸し出していた。
飲食店は色々あったが、選んだのはバルカン料理のお店。賑わう店内の隅っこに陣取って、Cevapiとビールを注文した。このソーセージと玉ねぎの組み合わせが懐かしい。僕は2年前のサラエボ滞在に思いを巡らせ、再び東欧の見知らぬ土地にいる自分に乾杯をした。