再びグラーツ駅。駅のWi-Fiを利用して観光地を探したら、徒歩圏内にGrazer Murinselというクールな建築物を発見。道順も分かりやすいし、行けば他にも見どころがあるだろう。途中で買ったサンドウィッチを片手に、こまめにカメラのシャッターを切りながら歩いた。
しばらくすると、カメラがおかしいことに気付いた。フォーカスを合わせても、なかなかピントが合わない。再び原因不明の障害。ミラーとレンズの間でほくそ笑む悪魔。苛立ちを隠せず、スーパーの前で何度も野菜を試し撮りした僕は、きっと鬼の形相だったに違いない。
小奇麗な店が立ち並ぶ通りに行き着いたものの、Grazer Murinselは見つからなかった。代わりに僕の目の前に現れたのは、教会と観覧車。そして、ふて腐れた僕のカメラは、一向に機嫌を直してくれる気配がない。
騒がしい繁華街めいた場所に出た。Grazer Murinselは果たしてどこにあるのか。川に架かる橋の欄干を見たら、奇妙なことに大量の南京錠が付けられていた。よく見ると、2人分の名前とハートマークが多いことに気付く。きっと永遠の愛を外れない南京錠に託しているのだろう。
あてもなく歩き続けると、たまたま店の外へ出てきた店員の男性に「コンニチワ」と声を掛けられた。せっかくだからGrazer Murinselの場所を聞こうかと考えたが、ついでに何か買わされそうなので断念。次第に人通りが少なくなってきたので、教会を見つけたところで引き返すことにした。
結局、僕は露店の女性にGrazer Murinselの場所を聞いてみた。彼女はさしたる表情もなく、少し先の丘の方向を指差した。確かGrazer Murinselはもう少し近代的な建物だった気がしたが、もうどうでもよくなっていた。指の方向に向かうと、建物の隙間から巨大な岩山が待ち構えていた。
岩山のふもとには入り口があり、入ると受付があった。どうやらエレベーターで屋上まで行けるらしい。勇気を出して入場料をカード決済できるか確認してみたら、結果はあっさりOK。グラーツはどこでもカードが使えるからありがたい。ユーロなしでも十分快適に過ごすことができる。
屋上では、大きな時計台とグラーツの街並みが大手を広げて待っていてくれた。予想だにしなかった絶景に心が躍る。沈みゆく夕日が、地平線で溶けるように街と交わり、グラーツ一帯が神の祝福を受けているかのようだった。カメラの調子が悪かったのは残念だが、どんなにカメラが良くても、角膜を通して直に伝わるこの感動を凌駕することはないだろう。
シュロスベルグという岩山に大満足して、短すぎるグラーツ観光は終了。ちなみに、帰りがけにGrazer Murinselを運よく発見したのだが、実はこのシュロスベルグの目の前にあった。つまり、露店の女性が指さした方向は間違っていなかった。Grazer Murinselはムール川に架かるドーム付きの橋。中にカフェがある作りには驚きだが、季節外れで閉まっていた。
帰りはグラーツ駅のスーパーで夕飯の買い物。チーズとハムの種類が豊富で目移りし通しだった。値段も手頃なので、欲張って1食では食べきれない量を買い込んでしまった。
ホテルに戻って小さな酒宴の始まり。チーズを食べ比べながら、映画の予告編で席を立つような短い滞在をひとり惜しんだ。またゆっくり訪れたいし、他のオーストリアの都市にも足を伸ばしたい。ビールをちびちび飲みつつ、やがて眠気に襲われ夢の世界へ。食べきれないチーズは、朝までテーブルに残ったままだった。