国際大バザールの向かいに移動し、僕はレンズを交換するために道端に座り込んだ。すると後ろから肩を叩かれ、スーツ姿の男性から「Hello」と声を掛けられた。そして、男性は渋面で僕のカメラを指し、その後で彼自身を指差した。要するに写真を撮って欲しいらしかった。大人からの写真リクエストに面食らいつつも、人混みの中で男性を撮影。撮った写真を小さなプレビュー画面で見せてあげたら、彼は僕の肩を軽く叩いて去っていった。
謎の男性を見送った後は、人の流れに身を任せて歩いた。そして、その流れはやがてウイグル人でごった返すマーケットに行き着いた。所狭しと両側に店が立ち並ぶ雑多な通り。右から左、左から右へとウイグル人の足並みは途絶えることがない。僕は最高の撮影スポットにたどり着いたと喜んで、観光客オーラ全開で撮影を開始。途中、子供を撮っていたら、親子での撮影を頼まれる嬉しい場面もあった。それにしても、ウイグル人は何故自分のものにならない写真を撮ってもらいたがるのか。
以下は、このマーケットで撮った写真の数々。子供たちの無垢な表情や大人たちの働く姿は、やはりいくら言葉を費やしても表現しきれない。ここに来る前に単焦点レンズを買って本当によかった。
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この日の夕飯は、卵と豆とニンジンを煮込んだ謎の料理。何故この料理を食べることにしたかというと、写真を撮っている時に知り合ったおじさんがたまたまこの店をやっていたから。正直敬遠したい料理だったが、帰りがけに彼と目線が合ってしまい、気がつけばこの料理の皿を持っていた。実際に食べてみると、素材の味を生かした素朴極まる味。おいしくもまずくもなかったが、卵2つとご飯1杯分の豆とニンジンを食べたのでお腹は膨れた。
ウルムチ最後の撮影は、途中で見つけた高速道路に決めていた。日がすっかり雲隠れするのを待って、レッドブルを飲みながらシャッターを長押し。何度も位置を変えて撮り直していたら、レンズのキャップを道路に落としてしまった。キャップはウルムチへの置き土産と考えよう。
ネットでの評判が芳しくなかったため、全く期待していなかったウルムチ。しかし、砂漠の大都会に住まう人々に僕はすっかり魅了された。彼らは中国という大国の中で本質的に異民族だった。民族的なアイデンティティの危機に瀕しながらも実直に生きるウイグル人。彼らが何に喜び何に悲しみ何に怒っているのか、僕には何もわからなかった。残された旅の思い出は、メモリカードに入った写真のみ。屈託のない笑顔の子供たちが、いずれ反政府運動に参加してむごたらしく命を落とす可能性だってなくはない。だが、抑圧的な国家に組み込まれてしまった不運を嘆いても始まらないだろう。ウイグル文化を絶やすことなく、中国政府とうまく折り合いをつけて末長く繁栄すること。これがウルムチを去り行く日本人の切なる願い。