最後のホテルでは、幸か不幸か今までとは全然違う場所を教えてくれた。もしかするとこれが正解かもしれない。僕は一縷の望みを託してバイタクに飛び乗った。バイクが向かった先は謎のマーケット。露店の至る所に「羊」の文字が掲げられ、つばなし帽やベールを被った女性がたくさんいた。多分ここはイスラム系のマーケットなのだろう。通りの名前は西羊市。活気に満ちた新鮮な光景を見て、教えられた情報が間違っていることを確信した。こんな通りにホテルがあるはずがない。僕は西羊市で再び迷える羊になった。
手立てがないので、全てをリセットして再びスタート地点に戻った。北大街は鐘鼓から出ている通りで、番地はNo.1。だから、間違いなく鐘鼓の近くのはずなのだ。最後に僕は、向かいにあるホテルにもう一度聞きに行くことにした。人が違えば返ってくる答えも違うだろう。すると、声を掛けた受付の店員は「向かいの中国郵便の建物です」とあっさり教えてくれた。確かに向かいには中国郵便の大きな建物がある。もしかすると郵便局が提供しているホテルなのだろうか。
横に長い中国郵便の建物に入ってみたものの、やはりホテルはない。僕は中国郵便の一角に間借りしている小さなファストフード店の女性店員に、住所とホテル名を見せた。すると、彼女は困ったような表情をしながらくすくす笑って左の方向を指差した。僕は彼女の指示通りに中国郵便の正面に沿って左へ、そして、建物の角まで来たので右へ。すると隣の建物との差分の空間に、おまけで付けたようなガラス扉があった。そこがホテルの入り口だった。これほど至近距離なら彼女が笑ったのも無理はない。僕のホテルは、やはり何度も通ったこの通りにあったのだ。このホテルを見つけるのにこれほど迷った人間は、おそらく有史以来3人もいないだろう。
汗だくでホテルに入った僕は、昨日トラブルで泊まれなかった旨ともう一日延泊したい旨を伝えた。そして、階段で3階まで上がって部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。しばらく微睡んだら、水量の弱いシャワーで汗と疲れを洗い流して、日が落ちる前に食事をしに行くことにした。これが本当の旅のスタート。僕の気持ちはすっかり軽くなり、ここ数時間の労苦は西安の街の活気と雑踏に自然と紛れて消えていった。
夕飯は近くのフードコード。メニューと値段が書かれているので安心して注文できる。様々な店が並ぶフードコートを一望すると、ほとんどが麺料理の店だった。涼皮といい、西安は麺料理が主流なのだろう。僕は刀削麺を扱っている店で、牛肉刀削麺を注文した。ところが女性店員は何かを言ってオーダーを受け付けてくれない。彼女の人差し指は、何故か遠くのカウンターの方向を指していた。
訳も分からずそのカウンターに行ってみるも、受付のおばさんの言っていることが一向に理解できない。お互い笑い合ってお手上げの膠着状態。すると彼女は引き出しからパンフレットを探し出して僕に見せてくれた。そこには英語併記の説明があり、ようやく理解できた。ここはSuicaのような磁気カードでしか会計が出来ず、10元のデポジットと最低30元のチャージがいるということだった。僕は迷わずカードを作って、ようやくありつけた牛肉刀削麺に祈りを捧げた。おいしかった。
西安初日はゆっくりするつもりだったが、結局骨折り続きになってしまった。これはひとえに準備不足の賜物。だが、西安の人々にたらい回しにされたのはいい経験になった。彼らは聞けば情報を提供してくれる。しかし、その情報は善意で曲げられている場合が多く、うかつに信じることができない。そもそも、彼らは紙の情報に大きな信頼を置いていないように思えた。国が変われば、文化も変わる。