空港でチケットの時間変更を済ませ、一日遅れの午後一番に西安に到着。昨日のトラブルを思うと、遂にゴールに着いたような達成感が全身を包み込む。が、実際はこの古都西安がシルクロードの入り口。中国語を全く話せず地図すら持ち合わせていない僕は、全裸に竹槍で敵陣に突っこむ足軽に等しい。昨日のような出来事が矢継ぎに起こるようなら、きっと唐の都で討ち死にするだろう。
空港からはシャトルバスで市内へ移動することに。中国語が飛び交うバスに揺られること1時間、僕は西安市内に着いた。ここが日本や中央アジアにまで多大な影響を及ぼした古代中国の都だと考えると、歴史の重みが両肩にずっしりのしかかってくる。だが、そんな感慨はバスを降りる僕に群がる地図売りの老人たちによってかき消された。観光地然とした俗な光景。しかし、ちょうどいい機会なのでひとりの老人に声をかけ、ホテルの住所の方向を聞いてみた。老人は地図を買ってもいない僕の問いに、笑顔で商品の地図を広げて教えてくれた。
ホテルの予約メールの紙を見て思ったのだが、住所の欄に「北大街No.1」としか書かれていない。ただ、この時はすぐに見つかるだろうと楽観していた。僕の降りた場所には鐘楼 [Bell Tower] という寺があり、その寺を中心として東西南北に道路が走っている。北大街はその中の通りの1つ。僕は辺りを嘗め回すように眺めながら、北大街を練り歩いた。しかし、いくら歩いてもそれらしいビルは見当たらない。焦燥感とともに沸き起こる空腹感。僕は休憩がてら魏家涼皮というファストフード系の店に入ることにした。
店内のカウンターで、手頃そうなメニューを指で注文。その際店員から色々言われたが、当然全く分からないので、首を縦に振ったり横に振ったりした。多分イエス・ノーの組み合わせがまずかったのだろう、店員は少し呆れているように見えた。この涼皮は、常温の平べったい小麦粉の麺にラー油ベースのソースをかけた麺料理。トッピングは下に隠れたもやしのみ。すっぱ辛いソースと麺の相性はよく、このシンプルな味は日本でも十分受けるような気がした。何より中国でこんなにコシのある麺を食べられるとは思わなかった。
涼皮に満足した後は、意気揚々とホテル探しを再開。途中、メロンを切り売りする屋台があったので食べてみた。値段は5元(≒75円)。味はほとんど甘みがなく、やや期待外れ。が、おじさんは純朴そうな好人物だったので、写真を撮っていいかジェスチャーで聞いてみた。照れ笑いの悪くない反応。僕は少し離れて急いでシャッターを切った。
さて、お腹が満足したからと言ってホテルが見つかるわけではない。観光と称して散々歩き回ったものの、それらしいホテルはやはりどこにもなかった。そこで、僕は第2の手段としてバイクタクシーに声を掛けた。その運転手はイスラム系の女性で、ホテルの住所を見ても分からない様子。すると、彼女は周囲のバイタク仲間に聞き始めた。路上で始まる大討論会。みな声が大きいから、討論の中心にいる僕は非常に肩身が狭い。5分後、彼らは最終的な結論に至り、僕をホテルまで連れて行ってくれた。が、そこは見事に違うホテルだった。後ろを振り返ると、もう誰もいなかった。
ついでなので、その店員にホテルの場所を聞いてみることに。すると、無表情な店員は僕がいた鐘鼓の辺りだと教えてくれた。首を傾げつつ、僕は来た道を重い足取りで戻った。20元払って目的地から遠ざかった男。しかし、戻ったところで該当のホテルらしい建物はない。やむなく僕は、手当たり次第近くのホテルに入って場所を聞いてみることにした。が、どのホテルも首を傾げるが、親身になって間違った場所を教えるかのどちらか。ホテルが見つかる気配は一向にない。クレジット決済済みのホテルは幻なのか。僕は西安の人々の親身な対応に感謝しながらも、心は半分に折れていた。旅が始まらない。
(続く)