晴海ふ頭に目が眩むほどきれいな夜景があるらしい。そんな噂を聞きつけ、デートスポットかもしれない夜の晴海ふ頭に男2人で向かった。が、まずは腹ごしらえのため久しぶりの築地へ。とある閑散とした通りの店で僕たちが食べたのは海鮮丼と刺身。丼と皿に乗っている魚たちは、少しぐったりしているように見えた。
人気の無い通りを散策していたら、突然白いワンピースの若い女性に道を聞かれた。丁寧に教えてあげたものの、直後に間違いに気付き、彼女を大声で呼び止めるはめに。踵を返してこちらに向かう彼女。しかし冷静に考えてみると、教えた道がやはりあっていることに気づいた。結局、わざわざ呼び戻して「道、合ってます」とだけ伝える僕。気まずい瞬間。それでも彼女はしっとりした笑顔でお礼を言って消えていった。
道すがら僕は彼女ことを思い出した。このお盆の閑散期の夜に、すぐそばの築地市場駅の道を聞く若い女性など存在するのだろうか。どこか腑に落ちないもやもやが僕の中に残っていた。広がる妄想。もしかすると彼女は先ほど刺身で食べたワラサ(成長前のブリ)の霊かもしれない。ブリになれなかった無念の生涯。包丁で切り刻まれた痛みと悲しみを抱いて、きっと彼女は出荷された自分の半身を探しに行くのだろう。築地市場駅が魚臭い理由の一端が見えた気がした。
客のいないバスに揺られて晴海ふ頭に到着。夜のこの辺りは昼間と比べるとまるで別世界。レインボーブリッジと東京タワーが見える完全無欠の夜景がここにあった。僕たちは闇に潜むカップルの愛の囁きをかわしながら撮影に勤しんだ。さすがのiPhone5でもこの夜景をきれいに撮るのは不可能なので、メインは専らフィルムカメラ。
夜景を見ていると、良くも悪くも積み上げられた人類の野心が伝わってくる。夜空に散らばる星の代わりにあるのは、無数のビルと電飾の明かり。地上を覆い尽くすそのきらびやかな光の群れは、自然が美しいという感覚を過去へと追いやってしまうかのようだ。僕たちは星がいらない世界に近づきつつある。