翌日、僕たちは再び中環へ向かった。どうやら彼女はポッテンジャー通りという通りに行きたいらしい。時間は正午過ぎ、まずは空腹を満たすために近くの元気寿司へ。香港人はサーモンばかり食べるという豆知識を披露して、軽やかに寿司をつまんだ。
ポッティンジャー通りは駅から徒歩5分ほどで到着。ずっと続く石の階段の両脇には、パーティグッズなどを売る雑貨店が並んでいた。雰囲気は悪くなかったが、別に観光名所として取り上げるほどでもない気がした。階段を上る度に、筋肉痛の足が痛む。痛みを持った足は、自分の足とは別の生き物のような気がしてくるから不思議。
中環のこの界隈は、ポッティンジャー通りだけでなく、様々な通りが並列に並んでいる。どの通りも売っているのは衣類が多かった。一通り見終わったら、次はどうしようかと相談タイム。まだ日没までには十分時間がある。疲労を隠して歩き続ける僕たちは、きっと旅行者の鏡に違いない。
デザートを食べて休憩したいという彼女の意見を採用して、僕たちは九龍駅へ。何故なら中環界隈でデザート屋が見つからなかったから。多分、九龍駅のあたりに出れば腐る程新鮮なデザート屋があるはず。そう思って行ってみたら、これが見事に失敗。九龍駅は僕がよく行く九龍とは全く別の高級住宅街だった。よくよく考えたら九龍ではなく九龍城。
香港島の銅鑼灣に満記甜品 [Honeymoon Dessert] があることが分かったので、九龍から銅鑼灣へ移動。着いた頃には、太陽がお別れの準備を始める時刻になっていた。駅前にも関わらずこの店を探すのがまた一苦労で、街の人々の無償サポートのおかげでやっとのこと到着。彼女はクレープを頼んで、僕はベーシックなデザートを注文した。会計時、陰気な雰囲気の男性店員が僕をちらちら見て、蚊の羽音くらいの声で何か言っていた。後で思い返すと「Welcome to Hong Kong」だった気がする。
外に出ると、遠くの電光の看板に「太興」の文字が見えた。この店は僕の大好きな燒味飯(数種類のロースト肉が乗ったご飯)のチェーン店。別にそこらの茶餐廳と味は大差ない気がするが、何にせよ名物料理のひとつなのでここが本日の夕飯に決定。デザートの後に夕飯を食べる怪奇現象。セットメニューがない時間帯なので、肉とライスをそれぞれ別で注文。初めての肉に警戒気味の彼女の反応はそこそこだった。
最終日のメインイベントはヴィクトリアピークの夜景観賞。そのため、僕たちは再び中環に戻った。一体、一日に何回中環を訪れるのか。ヴィクトリアピークの頂上へは、まず急斜面をゆっくりと進むトロッコで行く。そしてトロッコを降りた後に、エスカレータで頂上へ。外に出ると、眼下にミニチュアのようなビル群が広がった。これだけのビルを築き上げた人類の技術力に驚嘆するとともに、それを支える大地の忍耐力を称賛したくなる。今度来る時は絶対三脚を買って持ってこよう。
次の日はそれぞれ早朝の出発と仕事ということで、バーには寄らずに帰宅。2日間蓄積した疲労がどっとのしかかってきたのか、電車の中では気の抜けた会話のキャッチボールが続いた。そのうち、むっつりした彼女の気だるい雰囲気が癇に障り、昨日に引き続き険悪ムードに突入。歴史は繰り返される。
翌日、彼女から無事帰国の報を聞き、僕は昨日の非礼を謝った。こうしてお互いの短い香港旅行は終わった。彼女が香港を去ってから、穏やかな気候と同じように穏やかな時が流れ続けている。何にせよひとり旅に慣れ切ってしまった僕には、2日間の突然の「嵐」は新鮮な経験だった。次に香港へ行くことがあったら、今度は余裕を持って観光しようというのが2人の合意事項。