飲茶の後は、少し南の尖沙咀へ。ここは香港島を臨める海沿いの港町。渋谷と浅草と銀座を足して3で割らないような混沌としたこの街には、観光客含め多種多様な人種が好き勝手に歩いている。僕たちは人混みに圧倒されながら辺りをほっつき歩いて、海港城(Harbour City)で休憩した。外の休憩スペースに出ると、目の前には先ほどとは別世界のような落ち着き払った港の景色が広がった。しかし、目の保養になって心が癒されても、現実問題として疲れは取れない。
尖沙咀へ来たのは、Symphony of Lightsという香港の夜景ショーを見るため。いわゆる100万ドルの夜景がここにある。地元の人間は滅多に来ないようだが、外国人向けの観光スポットなのでそれは当然だろう。ただ、観光客にとっては東京に来たら東京タワーだし、香港に来たら尖沙咀の夜景なのだ。僕たちは海沿いを歩いてフェリー乗り場へ向かった。目に映る海面とビルの光に僕の気分は徐々に高揚する。海は日が落ちる直前が一番美しい。
海の景色が素晴らしいのはいいのだが、肝心のフェリー乗り場が見当たらない。僕が右往左往していると、痺れを切らした彼女が人に聞き回って無事に到着。これではどちらが案内しているのか分からない。赤い帆をはためかせる船に乗り込み、2階席で待機。ごろ寝できる席には毛布があったので、僕はすっぽり毛布に包まった。海上に出ると、横殴りの潮風が凶暴さをあらわにし、寒さが段違いになる。ゆるい揺れに身を任せてビールを飲むと、疲れと睡魔が同時に襲いかかってきた。しかし、夜の冷たい潮風が体に染みて簡単には眠ることができない。睡魔と寒さとの静かなる戦い。気がつけば、彼女は僕を置いて、夜景が見やすい1階へ移動していた。
香港の夜は終わらない。酒好きの彼女の強いリクエストで、僕たちは夜景を楽しめるバーへ行くことになった。場所は香港の南部に位置する香港島の中環 [Central]。香港島は西洋人を始めとする高級外人の巣窟となっており、何となく夜は敷居が高い。疲れでバーの名前も階数も思い出せないが、高いビルのテラスから見下ろす中環の夜景は見応えがあった。僕はDiana F+を取り出し、何枚か渾身のシューティング。ビールを飲んで寒さを吹き飛ばしたいところだったが、物理的な寒さはどうにもならなかった。優しい彼女は僕を気遣って、次は「室内」のバーに行こうと言った。恐るべし情熱、そして体力。僕に足りないものを彼女は持っている。
僕たちはナイトライフの聖地である蘭桂坊 [Lan Kwai Fong] へ向かった。蘭桂坊ではあらゆるバーが欧米人に制圧されており、ここに渦巻く夜の活気にはおぞましささえ感じられた。哀れな僕たちはここでも迷ってしまい、僕の方位磁針は回りっ放しになっていた。もはや案内役としては完全に機能不全で、さながらバーを求めて歩き続ける壊れたロボット。
結局、僕たちは近くのバーに入って酒を飲んだ。疲れているためか、酔いがまわるのが異常に速い。すぐに夢見心地な気分になり、気がつけば終電が無い時間。僕たちは駅方面に向かってくたびれた裏通りを下って行った。ここでキスでもすれば恋が始まるような一日だったが、実際に始まったのは口喧嘩。いくら言葉がわからないとは言え、タクシーのおじさんは僕たちのただならぬ様子に引いていたと思う。今振り返ると何故あれほど些細なことから喧嘩になったのかまるで理解できない。この日の教訓。疲れている時の酒は諸刃の剣。