ルアンパバーン3日目。朝食は洒落たカフェの軒先で、ハエとヤモリに囲まれながら優雅に頂いた。食べ終わった後は、早速近くにいるトゥクトゥクに声を掛けた。今日の目的はセーの滝。この辺りにはもっと有名な滝があるのだが、気軽に行くには距離が遠すぎる。ネットで調べた往復の相場(150,000kip=1,500円)を運転手に言うと、彼は怪訝な表情で首を傾げながら承諾。何はともあれ交渉が成立したので、気にせずトゥクトゥクに乗り込んだ。
市内を離れて人影もなくなり始めた頃、トゥクトゥクが急に止まり、運転手からジェスチャーで伏せろと指示された。何があったのかさっぱり分からないが、聞こうにも言葉が通じない。まさか北朝鮮に拉致されるのかと考えたが、彼の温和な表情からはそれも読み取れない。再びトゥクトゥクのエンジンがかかり、彼は誰かと電話し始めた。すると、5分ほどしてツアー用と思われる車に乗った男性が向かいから登場。彼は英語で車に乗ってくれと言い、僕は助手席へ。何となく合点がいった。好意的に考えると彼は僕に旅行業者を斡旋してくれたのだろう。ただ、個人で客を取るのはルール違反なので同業者に見つからないように伏せさせた。しかし、名探偵の推理の行方はもはや永遠に分からない。
新しい運転手は観光客慣れしており、色々と世間話をしてくれた。「おいしい」という日本語を連発する彼に、僕の苦笑いは止まらない。聞くと彼は僕のひとつ上で2児の父親。上の男の子はもう10歳らしい。多少胡散臭さはあるものの、決して悪人ではなさそうな印象。念のためお金の件を聞くと、ゾウに乗る値段込みで300,000kip(≒3,000円)でいいとのこと。多少のガイド料もあるだろうから、特に交渉はせずにOKを出した。ゾウに乗りたい。
しばらく車に乗ってセーの滝の対岸に到着。ここから細長いボートに乗って僕たちは向こう岸へ。心細い船体だが、川の流れが緩やかなので大きな揺れもなく快適だった。太陽の光で輝く赤褐色の川が美しい。水面に浮かびながら果てしなく広がる青空を見上げると、自分の存在の小ささを実感する。そして、そう実感することには不思議と安堵感がある。
向こう岸に着いて少し歩くと、早速柵に入ったゾウが見えた。ゾウが好きな僕は、あの巨大な体躯と自由自在な長い鼻を見ると気持ちが高ぶる。受付に行くと、運転手が僕の代わりにチケットを買ってくれた。出している紙幣を見るとおそらく1,500円(50,000kipを3枚)。つまり、この運転手は全く余分なお金を取っていないことになる。ラオスに善人あり。
ゾウ使いの青年の掛け声で、ゾウは僕を乗せてのしのしと森林に向かってゆっくりと歩を進めた。道には微妙に緩急があり、何度も落ちそうな恐怖にさらされた。森林を1周して終わりかと思ったら、そのままゾウは滝の方面へ。人が通る道を堂々とゾウに乗って進む僕はまるで王様。しかし、そのゾウが滝に入ると王様から小さな悲鳴が上がった。笑顔で振り返るゾウ使いの青年。滝の中では白人の男女が直接ゾウに乗って水遊びをしていた。幻想的な滝でゾウと戯れる夢のような光景。ここは地上の楽園なのではと錯覚してしまいそうになった。しかし、白人の傍には鋭利な刃物を持った係員が万が一のために常時ゾウを監視していた。自然を手懐けるというのもまた1つの幻想。
ゾウに乗った後は、滝を観賞しながらくつろいだ。セーの滝は、滝といっても非常に落差は少ない。その落差の少ない滝が階段のように続いていて、所々に小さな湖が出来ている。鬱蒼と茂る木々の中に出来たエメラルドグリーンの湖は、まるで神様からの賜物。耳をくすぐる滝の音のせせらぎが涼しげで、足を水面につけると常夏であることを忘れてしまう。しばらく僕はこの湖のほとりで現実逃避をした。
写真を撮って十分くつろいだら、運転手と一緒に街に戻ることにした。そして、運転手のおじさんに10,000kipを払って再びボートへ。後ろから聞こえるエンジン音。走り出すと風が気持ちよかった。今度ラオスに来る時は、カヌーを漕ごう。
帰りの車内はお互い気だるい雰囲気で会話はほとんどなし。ホテル近くのDara Marketで降ろしてもらって、運転手とはお別れ。僕は彼がいい人であったというより、ラオスで一度もぼられなかった喜びから彼に500円分のチップを渡した。ラオス人代表の栄光は君の手に。
夜は外国人向けのレストランで最後の晩餐。ここはラオスにも関わらず、僕の前と右の席には日本人がいた。日本人が少ないと思っていたラオスに日本人が溢れている現実。僕が頼んだメニューは、海鮮チャーハンとラオス式の揚げ物。1人分にしては量が多く、食後はお腹が張り裂けそうだった。帰り道、いつものようにマーケットを通ると、脇道に屋台が所狭しと並んでいるのを発見。不覚にも僕はこの屋台街の存在を知らなかった。夜はもっぱら部屋でインターネットという暗い習性が仇となった。
せっかくだからお土産を買っておこうと、そのままマーケットを練り歩き。どうやら僕が休んでいる間に案件が立て込み始めたらしいので、仕事関係者向けに洋服などを買った。マーケットでは値切ることがある意味ルールとなっており、面倒と思いながらも100円程度の値下げのために電卓を叩き合った。吹っかけるより、最初から適正価格で堂々売った方がよほど効率的で効果的だと思うのだが、それは恵まれた国の驕りなのかもしれない。