フェズからシャウエンへ、長旅のはじまり



この日はフェズ観光をスキップして、青い街・シャウエン(Chefchaouen)へ行くと決めていた。日帰りなので、なんと 往復8時間。
早朝6時に出発して、まずは長距離バスの発着所を目指すも、外はまさかの雨。徒歩ではかなり厳しい距離だったが、最悪タクシーを拾えばいいと考え、まずは歩いた。
夜明け前のフェズの旧市街は、怖いというより、むしろ心が安らぐ。社会の内部にいながら、完全に孤立しているような不思議な解放感。
ターミナルに到着、のんびりバス旅スタート



結局、雨も途中で止み、朝の空気を味わいながら1時間かけて国営バス会社CTMのバスターミナルに到着。
受付で中年男性にバス乗り場を尋ねると、「日本の方ですか?」と返ってきた。事前に「日本語が流暢なおじさんがいる」とのネットの情報は仕入れていたが、まさかのその人だった。
とはいえ特に話が広がるでもなく、場所を教えてもらってあっさり会話終了。売店で買ったポテチを朝ごはん代わりに食べながら、湿っぽい待合室で出発を待った。
チケット代は割引で122DH(≒1,800円)。乗ったバスはごく普通の2シート仕様で、空席も多くゆったりと座れた。移動中は特にやることもなく、乾いた大地をほんやり眺める。
本当にこの旅は移動に次ぐ移動だ。しかし、こうして何も考えずにいることは、日常ではなかなかできない。つまり、退屈が贅沢な世界に僕は生きている。
シャウエン到着、滞在時間は2時間勝負



12時過ぎにシャウエンに到着。日帰りなので 滞在時間はたったの2時間 しかない。とはいえ、シャウエンはコンパクトな街なので、個人的には2時間あれば十分だった。
そもそも今回ここに来た理由の半分は、「写真を見たい」という周囲のリクエスト。そのため、写真さえ撮れればそれでいいのだ。「映え」のために丸一日を費やす男。
ゆるやかな坂道を登ること10分。少しずつ青い壁の家々が現れはじめ、自然とテンションも上がる。中心の映えエリアだけでなく、街のあちこちに青い建物が点在しているのが興味深い。
おそらく、この青には単なる装飾以上の意味があるのだろう。宗教的な背景なのか、虫除けの知恵なのか、それとも単なる町おこしなのか…。
想像以上の青の世界








20分ほど歩いて、ついに青い街に着いた。噂通り、そこかしこが青、青、青。しかも、明るい水色から深い青まで、様々なトーンが使い分けられていて、街全体がアート作品のようになっている。
街にはお土産屋がずらりと並び、観光客が写真を撮る姿で溢れていた。自分はというと、ひたすらネットで 映えスポットを検索しては、ピンポイントで撮影する という効率重視の作戦を敢行。
結果、30分ほどでミッションを達成し、カフェで一服するか、それともバスターミナルに戻るかの2択になってしまった。
ATMが沈黙…戦慄のBank of Africa事件
結局、シャウエンにはこれといったカフェも見つからず、早々にバスターミナルへ戻ることに。ついでに、昨日現金がなくて払えなかった宿代を調達するため、ATMでキャッシングすることにした。改めて思う、
──現金文化って本当にめんどくさい。
まず立ち寄ったのはBank of Africa。カードを入れ、金額を選ぶ。そして、確定ボタンを押すと…無反応。
焦ってあれこれボタンを押していると、後ろの男性が冷めた目で「Ask, ask」と窓口を指差した。が、その窓口は、手続き中のおばちゃんがピクリとも動かず、全く空く気配なし。
仕方なく、引き落とされていないことを祈って別のATMを探すハメになった。最悪。
少し歩くと、より新しそうな銀行のATMを発見。今度こそと祈るような気持ちで操作し、確定ボタンを押す。すると、
中からカシャカシャ…とお札のカウント音が!
モロッコのATMに一切の信頼を置けなくなっていたタイミングだっただけに、当たり前のこの音が福音にしか聞こえた。
とはいえ、最初のBank of Africaの件が気がかりで、その後もしばらくはモヤモヤが残る羽目に。
※ちなみに、後日確認したところキャッシングは無事されていませんでした。
トイレ探訪:ミニマルを極めたイスラム式


ATM事件で心をすり減らしつつ、なんとかバスターミナルに到着。薄くチーズを塗ったパンとコーヒーでささやかに小腹を満たし、バスの出発を待った。
途中、トイレに立ち寄ると、入口にはホームレスのようなおじさんが陣取っており、雰囲気からしてすでにヤバめ。小銭を渡して中に入ると、これがまた予想通り。
いわゆるイスラム式のトイレで、決して不潔ではないが、明かりゼロ・便器らしきものはボール大の穴と足場のみというストイック仕様。いわば和式トイレの超ミニマル版。全く落ち着かない…。
余談だが、このバスターミナルには日本人の姿もちらほら。トイレを利用する若い女性の姿もあったが、「女性トイレはどうでした?」なんて聞くわけにもいかず、ただ遠目で眺めるのみ。
タクシーでまさかの乗車拒否!?

シャウエンでの短くも濃い2時間を終え、帰りのバスに飛び乗る。急いでいた理由はひとつ、この夜、香港ガールズと夕食の約束 をしていたのだ。
ところが、フェズに着いたのは大幅に遅れて夜8時。少しでも早く向かおうと、タクシーをつかまえようとするも、レストラン名を見せると軒並み乗車拒否。
苛立ちつつまた別のタクシーに声をかけると、運転手は「とにかく乗れ!」と強気の姿勢。ぼったくられる覚悟で乗り込むと「レストランの番号はあるか?」と聞かれ、番号を見せるとまさかの その場で電話して場所を確認 してくれた。なんていい人。
運転手いわく、モロッコではまず乗ってから行き先を伝えるのが「マナー」らしい。本当かどうかはわからないが、観光客が道を聞いてるだけと誤解されていた可能性はある。
ツアー仲間との再会、心がほどける夜


香港ガールズと無事合流し、レストランへ。彼女たちは完全にモロッコ料理に飽きていたので、欧米系のお店へ。
注文したのはハンバーガー。ひさびさの 食べ慣れた洋食にホッとする。シャウエンの感想や過去の旅話で盛り上がり、気づけばすっかり夜も更けていた。
別れ際、「また香港か日本で会おう」と伝えて分かれた。死ぬほど疲れていたはずなのに、人と会ったからか不思議と気力が湧いてくる。最悪のフェズで最高の締めくくりになった。
ホテルに無事チェックイン、朝食は何時?


予約トラブルも初日だけで、この日はようやく 本来泊まるはずだったホテルへチェックイン。再び恭しく迎えられ、儀式のようにミントティーが提供された。
白人系のスタッフから「明日の朝食は何時がいい?」と聞かれたので、「何時からやっているの?」と気を使って返すと、隣にいたB-BOY風の若者が軽快な舌打ちとともに一言。
「違う!君はゲストなんだから、好きな時間を言えばいいんだ!」
謎のホスピタリティに押されて思わず「じゃあ朝6時」と言いたくなったが、現実的なところで朝8時に。やや早かったのかスタッフの反応は微妙。基本的にモロッコの朝は遅い。
ちなみにこのB-BOY、ナルトが好きらしく、刀で斬るジェスチャーを連発していた。
何はともあれ本来泊まるべきホテルに泊まれて一安心。内装は相変わらず宮殿のように豪華だが、設備とのギャップがないかと言われば噓になる。
それでも居心地は悪くない。あれこれあった日帰りのシャウエンを思い出しながら、気がつけば時計はもう正午。ようやくベッドに体を沈め、深い眠りへと落ちていった。