ベルリン最終日の午後は、ドイツ歴史博物館へ



夕方には移動する予定だったので、午後は近場の ドイツ歴史博物館 へ行くことにした。このエリアは、博物館や美術館が密集する文化ゾーンで、街の雰囲気もどこかトラディショナルで格調高い。
そんな中で、ドイツ歴史博物館はひときわ目を引く存在だった。周囲のクラシカルな建築に溶け込みつつも、入口はガラス張りで、螺旋構造が特徴的なデザイン。
まさかの常設展改装中…特別展「Roads not Taken」へ



ドイツの歴史をじっくり学ぶつもりでチケットを買おうとした瞬間、衝撃の事実が発覚。
「常設展は改装中です」
ただ、ここまで来て何も見ずに帰るのはあまりにも悔しいので、特別展 「Roads not Taken」 だけでも観ることにした。
この特別展は、ドイツ帝国成立前からベルリンの壁崩壊までの歴史の転換点を紹介し、「もしこの選択をしなかったら?」という 歴史のIF(もしも) を探るコンセプト。内容自体は興味深かったものの、特別展ゆえのボリューム不足は否めない。期待を込めて入場したものの、物足りなさが残った。
展示の最後には 「Too Late!(手遅れ)」 というフレーズがあったが、Too Late なのは間違いなく自分だった。常設展が見られないと分かった時点で、他の博物館に切り替えるべきだったかもしれない。
ベルリンの締めはやはりベルリンの壁




ベルリン最終日の締めくくりとして、やはり ベルリンの壁 を見ておきたい。調べてみると、ベルリン北部に ベルリンの壁記念碑 があるとのことだったので、電車で最寄りのベルナウアー・シュトラッセ駅(Bernauer Strasse) へ向かった。
駅を出ると、早速目に飛び込んできたのは、グラフィティで埋め尽くされたベルリンの壁。解説や写真も充実していて、壁がどのように作られ、そして崩壊していったのかがよく分かる。
駅前のベルナウアー通りには、ベルリンの壁の遺構が点在しており、散歩しながらいくつかの展示を見て回った。その中で、特に印象に残ったのが、西ベルリンに逃げようと、アパートから飛び降りて亡くなった女性のエピソード。胸が詰まる話だが、こうした悲劇は決して珍しいものではなかった。
事実、東ベルリンからの脱走者は100名以上が東側の警備兵に射殺されている。たった3m程度の壁を乗り越えることが、命を賭けた行為だったのだ。そして、運よく脱走に成功した者がいたとしても、壁によって家族や友人と引き裂かれた数え切れない市民がいる。
無機質なコンクリートの壁。
しかし、そこに刻まれた歴史を知ると、それは単なる境界線ではなく、権力の象徴そのものに思えてくる。冷戦時代、この壁は 自由と抑圧の境界 であり、東側の人々にとっては 乗り越えられない絶望 だったのだろう。
ローカルマーケットのひととき

ベルリンの壁を見終え、そろそろベルリン中央駅に戻ろうと思った矢先、ふと向かいの通りにローカルマーケットを発見。せっかくなので、寒さに震えながらも、コーヒーを片手に一服することにした。
マーケットには、老若男女、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が集まっていた。コーヒーを飲みながら、ふと思う。
──この中にベルリンの壁に人生を狂わされた人が、一体何人いるのだろう?
マーケットのざわめきの中、ベルリンの壁の歴史と目の前の現代のベルリンが交錯する。
海外旅行最大のストレスは…電車の移動


海外旅行で最もストレスを感じる瞬間は、間違いなく電車やバスでの移動だ。ルールも地理も分からないうえに、時間通りに運行する保証もない。そして今回、まさにその悪夢が現実になってしまった。
次の目的地は ツェレ(Celle)なのだが、そこへ行くにはハノーファー(Hannover)で乗り換えが必要。ところが、ベルリン発ハノーファー行きの電車が30分以上遅延して、乗り換えに間に合わない可能性が浮上した。
さらに問題なのが、ツェレのような地方都市はホテルのチェックインが早いこと。僕の宿のチェックインリミットは夜10時。このままだと、ホテルに泊まれない可能性 まで出てきてしまった。
心の中で 舌打ち1,000回しつつ、インフォメーションセンターに相談するも、まったく埒が明かない。仕方なく、心を鎮めるために駅のフードコートで食事をとることにした。
アジア系のライスボウルを食べながら、ふと思い立ち、ハンブルクにいる先輩にメールを送ってみた。すると、すぐに返信が届き、それはまさに神の声だった。
「そのチケットなら、ハノーファーから出るどのツェレ行きの電車にも乗れるよ。」
これで乗り換えの不安は一気に解消した。なお、神の声によると、ドイツの鉄道は人員不足で遅延が頻発している らしい。残業させるくらいなら、サービスレベルを下げるという選択は、ある意味潔いとも言える。
座席の仕組みが分からない問題

すっかり日が落ちただだっ広いプラットホームで、ハノーファー行きの電車を待つ。遅延の影響で、人がどんどん増えてきたが、幸いなことに遅れは予定通り30分で収まり、無事に乗車できた。
しかし、ここで新たな問題が発生。
──自分の席は本当に自由席なのか?
ヨーロッパの鉄道は指定席と自由席が混在していることが多いので、自分がどこに座っていいのか、いまいち確信が持てない。ドイツ語の車内アナウンスも、もちろん理解できない。
挙動不審全開で周囲を気にしていると、隣の男性も 不安そうにチケットを見つめていた。思い切って話しかけてみると全く同じ状況。結局、お互いのチケットを確認し合って、根拠のない安心感を共有した。
ハノーファー到着、そしてツェレへ



2時間後、ようやく ハノーファー中央駅 に到着した。さすがは大都市のハブ駅、構内は広々としていて活気がある。すぐ夜9時前にツェレに到着する電車を発見して一安心。
駅構内には軽食を売る店が多く、念のため 今日の夜食か明日の朝食用にチーズプレッツェルを購入。長距離移動のとき、食べ物の確保は極めて重要だ。
いよいよツェレ行きの電車に乗車。思った以上に混んでいたので、1階の自転車収納エリアに陣取ることにした。
ところが、周囲にはやたらと軍人が多い。狭い空間、薄暗い照明、無言の軍人たち…。まるで 囚人輸送車に乗せられているかのような状況 に不安が募る。本当にこの電車の行先はツェレなのだろうか。
雨のツェレ、無事にチェックイン


不安をよそに、30分程度で無事にツェレに到着。しかし、駅を降りた瞬間に気づいた。
──街が暗すぎる。
さらに、追い打ちをかけるように雨。これではツェレがどんな街なのか全く分からないが、ともかくスマホ片手にGoogleマップを頼りに黙々と住宅街を歩く。
道は静かすぎるほど静かで、明かりも乏しく、正直怖い。しかし、この先にホテルがあるのかと心配しながら歩くこと10分、無事にホテルの看板を見つけられた。
受付の男性は、きっと今日最後のゲストであろう僕を温かく迎えてくれた。ペンションのようなこのホテルは、アットホームで居心地がいい。
緊張の糸がすっかりほぐれた僕は、置いてあった炭酸水を飲みながら、ハノーファーで買ったプレッツェルにかぶりついた。移動で疲れ切っていたので、これが最高の晩餐になった。