「The Last Girl」とは
この本は、イスラム国(ISIL)の捕虜として奴隷状態に陥った女性 が、強靭な意思と行動力で自由を勝ち取るまでを描いた自伝 だ。
しかし、本書が単なる悲惨な体験談にとどまらないのは、彼女の人生が 政治・宗教・人権という大きな問題と深く結びついている からだ。
最も弱い立場にあった彼女
彼女は、イラク北部の国境付近 に生まれた。民族的には少数派の クルド系 で、宗教的には ヤズィーディー(Yazidi)教 を信奉している。
このヤズィーディー教は、歴史の古い穏健な宗教 だが、排他的な側面があり、イスラム教徒との関係は長年にわたり複雑だった。そのため、彼女が生まれ育った環境は、イラク国内で最も政治的・経済的に弱い立場 にあったと言える。
信仰を捨てれば助かったのか?
彼女の村が イスラム国に包囲 されたとき、「棄教すれば助かったのでは?」という考えが頭をよぎるかもしれない。しかし、少数派であっても多数派と同じ権利を持つべきなのは言うまでもない。
とはいえ、戦乱の中でそんな理屈が通るはずもない。彼女の運命が 少数派であるがゆえの不幸 だと考えると、どうにも歯がゆい気持ちが残る。
絶望の中で失われなかった誇りと反抗心
この手の自伝をよく読む者からすると、彼女が捕虜として過ごした日々の悲惨さ自体は 特筆すべきものではない。しかし、本書で最も心を動かされるのは、どんな状況でも生きる希望と反抗心を失わなかった彼女の姿勢 だ。
イスラム国の兵士たちに対してはもちろん、匿ってくれたイスラム教徒の家族にすら、心の中で怒りを向けていた。
「なぜイスラム国に隷属を強いられるヤズィーディー教徒のために声を上げなかったのか?」
少数派であることの誇りを忘れず、怒りの矛先を イスラム国だけでなく、多数派全体にも向けた 彼女の強さに圧倒される。
自由は手にしたが、すべてを失った
彼女自身は最終的に 自由を取り戻した。しかし、住み慣れた村も、多くの家族も失ってしまった。
今、彼女は世界を飛び回り、女性やマイノリティの人権保護を訴える活動 に精力的に取り組んでいる。もし、こんな出来事がなければ、彼女はイラクの小さな村で、夢だった美容院を開いていた かもしれない。
運命の皮肉を感じざるを得ないが、最もそれを痛感しているのは彼女自身だろう。彼女の生まれ故郷 Kocho が、一刻も早く復興し、再び平穏を取り戻せることを願わずにはいられない。