関東大震災とは、単なる大災害ではなかった。当たり前すぎる感想だが、この本を読んでそう思ってしまった。この震災は、被害の内容・規模という点で異質だし、地震後の混乱という点で異常だった。
被害の内容については、その火災の恐ろしさ。木造の家屋ゆえに起こり得る火災はまだしも、全被害者の半数は避難場所で起きた火災旋風という素人目には超常現象としか思えない現象で亡くなっているのだ。炎の竜巻は、家財道具と避難民が密集した避難場所(旧陸軍被服廠)を襲い、家具と人を一網打尽に燃やし、吹き飛ばした。フィクションにしか聞こえないが、被災者の証言は山ほどあるから事実と考える他ない。
地震後の混乱については、疑心暗鬼による集団ヒステリーとでも言ったらいいだろうか。未曽有の天変地異により、見慣れた景色は瓦礫と死体で溢れ、生存者はライフラインはもちろん、現状を客観的に知るための情報も絶たれてしまった。このような世紀末な状況の中で、「朝鮮人が社会主義者と共謀して暴動を起こしている」という噂が瞬く間に広がり、結果として、自警団による無実の朝鮮人の殺害や警察による社会主義者の弾圧に繋がった。
朝鮮人と社会主義者、多くの日本人にとって彼らは近くて遠い異端の存在ではないだろうか。庶民は彼らの存在は認識しているが、実際に彼らが何を考え何をしたいのかを知らない。社会主義者にせよ日本にいる朝鮮人にせよ、日本人にとって歴史が浅く、潜在的なアレルギーがあったと考えることもできる。もし多くの日本人がメディアを通して彼らの虚像を刷り込まれていたとしたら、極限状態にあって疑心暗鬼になることは避けられないだろう。
更に大きな問題は、情報を閉ざされた庶民だけでなく、警察という国家権力自体が同じく疑心暗鬼に陥っていた点だ。これにより朝鮮人に関する事実無根のデマを否定できず、自警団という名の暴徒を押さえられなかった。そして、社会主義者については、何と警察自体が目を付けていた社会主義者を殺害し、その事実を闇に葬ろうとした。
関東大震災は、自然災害だけでなく二次災害として大きな人権侵害を引き起こした。21世紀に起こったジェノサイド(Genocide)は、特定の民族や思想を持った集団を集合的な悪と見なして虐殺したが、日本でもその萌芽がここにあったと僕は考える。ジェノサイドはどこでも起きうることだし、それを防ぐには啓蒙と反省が絶対不可欠。日本では、この出来事がささいな歴史の1コマとして埋没してしまっていることが残念でしかたない。