空へー「悪夢のエヴェレスト」(2013)

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エベレスト史上最悪の遭難

最近、ヤマケイ文庫の山岳遭難関連の本を読んでハマってしまい、「では世界最高峰の遭難とは?」と思い手に取ったのがこの本だ。

通称、1996年のエベレスト大量遭難(1996 Mount Everest disaster)。1996年、複数の商業登山グループがエベレストの頂上付近で嵐に巻き込まれ、8人が命を落としてしまった

著者はこの登山に同行したジャーナリスト。本来なら企業の華々しい宣伝記事を書くはずが、結果として 遭難の全貌を暴露する本を出版する ことになってしまったのは皮肉という他ない。

600万円のガイド付きエベレスト登山

商業登山とは、要はガイド付きの登山。1990年代には、エベレスト登頂をサポートする会社が登場し、約600万円のガイド料 を支払えば、経験が浅くても世界最高峰に挑める時代になっていた。

今回の遭難の主役となるのが、アドベンチャー・コンサルタンツ社マウンテン・マッドネス社 の2社。高額なガイド料も驚きだが、それ以上に 豊富な登山経験がなくても参加できる という事実に驚愕する。

エベレストのような高い山は、空気の薄さとの戦いが過酷を極める。簡単に言うと、エベレストの頂上付近は酸素が少なすぎて、人間はそこにいるだけで体が死にはじめる らしい。

そんな山に情熱優先で参加する人間も、ガイドをしようとする人間も常軌を逸している。それでも挑戦する人々は、山への情熱が死への恐怖を上回っている人種 としか思えない。

エベレスト登山の恐怖

登山者たちが、嵐に捕まり、視界が失せ、寒さに凍え、意識が朦朧としていく過程は、文章でも十分すぎるほど恐ろしい

しかも、彼らは 登頂前後の数週間も 基本的にずっと体調不良と不眠に悩まされている

それだけ、空気が薄いということは、人体に悪影響をおよぼす。登山というよりも、1ヶ月以上、肉体的な拷問を受け続けている と言っていいかもしれない。

これだけの苦しみを味わっても登り続ける彼らは、もはや聖人のようにすら思える。自分には絶対に真似できないし、日帰り登山を楽しむ自分とは天と地ほどの違いがある ことを痛感した。

競争が生んだ悲劇──エベレストにビジネスを持ち込んだ結果

遭難事故には必ず原因がある。今回のケースでは、嵐に見舞われたこと だけではなく、商業登山というビジネスモデルそのもの に大きな問題があった。

特に気になったのが、記者同伴 であり、かつ 競合する2つの企業が同時に登っていた という点だ。

リーダー(=会社の経営者)にとっては、自社だけ登頂に成功しなかった という事態だけは避けなければならない。ましてや、横には 失敗を書き立てる記者がいる

このプレッシャーが 登山の判断を狂わせた のではないか?

安全に撤退するという決断は、登山ビジネスの世界では敗北を意味する。しかし、登山において 本当の成功とは、生きて帰ることのはずだ

リーダーが 登山ビジネスの成功と登山者の命の間で 苦渋の決断を迫られたこと は想像に難くない。

また、いくら経験豊富な登山家であっても、エベレストのような高所では 脳が酸素不足で正常な判断ができなくなる。判断ミスは 登山者個人の資質ではなく、環境的な問題 でもあった。

エベレスト登山の未来──成功しても、悲劇は繰り返される

読後の後味は、 決して良くない。この登山が 成功していたとしても、いずれ同じような死亡事故が起こる未来しか想像できないからだ。

エベレストの商業登山は、この事件以降も続いている。しかし、登山の難易度が変わらない以上、今後も 情熱優先で参加した登山者が命を落とす事故は絶えない だろう。

つまり、商業登山という仕組みそのものに 矛盾があるのではないか?

この事故は、そんな疑問を強く残す結末だった。

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