多少の二日酔いを感じながら目覚めた翌日は、トプカプ宮殿に行ってみた。宮殿は展示物を含め退屈だったものの、隣接するハーレムはドーム上の天井の装飾が素晴らしく、口を半開きにして魅入ってしまった。ちなみにイスラム社会におけるハーレムとは女性の住居のことで、性的なイメージは西欧社会の偏見から広まったらしい。
一通り見終わって外に出ようとしたところ、 突然日本語でトルコ人の若者に声を掛けられた。何でも日本語を勉強していて、会話をしたいらしい。胡散臭いと思いながらも、日本にも滞在経験があるとのことで少し立ち話。僕が例の絨毯詐欺の話をすると、その店の場所を聞いて「そこはよくないです」と忠告してくれた。そして、「実は僕の家族も絨毯を売っています。有名なのでよかったら見に来ませんか?」と爽やかな笑顔で言いのけた。イスタンブールよ、ここは絨毯売りしかいないのか。
彼の絨毯屋は滞在中のホテルの近くにあった。店の中を案内をしながら、彼は日本のテレビ局が取材に来た時の写真を見せてくれた。どうやら有名なのは本当らしい。しばらくコーヒーを飲みながら若者と雑談をしていると、彼の叔父を名乗る人物が現れた。髭を蓄えた彼は、僕を見るなり絨毯攻撃。僕が頑なに断ると、「何で買わないの?せっかくイスタンブールまで来たのにおかしいよ!」と強気の姿勢。だが、高圧的な感じは一切なく、要はこれがトルコ商人の基本姿勢なのだろう。彼らと色々談笑して、最後は若者と連絡先を交換して別れを告げた。
既にイスタンブールに満腹感を感じ始めた5日目。遠出する気力がなかった僕は、何の気なしに近くのブルーモスク界隈を散策。すると衝撃的な出来事が。なんと絨毯詐欺の当人に再び出くわしてしまったのだ。その気まずさに一瞬意識が泳いだが、絨毯屋はひるむどころかその貪欲な本性をむき出しにしてきた。恐るべき商人魂。
絨毯屋「あれほど素晴らしい絨毯を勧めたのに君は買わなかったようだな。」
僕「だってあれは高すぎて買えないよ。」
絨毯屋「分かった。今度はおれの秘蔵のコレクションを見せよう。(僕の腕を掴む)」
僕「ちょっと待って。僕は今からバザールに行くから時間がない。」
絨毯屋「絶対気に入ると思うから一度見てくれ。」
僕「無理だ。お金もない。」
絨毯屋「・・・。」
僕「・・・。」
絨毯屋「・・・。(諦めて僕の腕を放す)」
僕「もう行かなきゃいけない。それじゃあ、また・・・。」
絨毯屋「・・・。(僕を恨めし気に見る)」
最後の挨拶は完全に無視された。案内をしてくれた時のフレンドリーさはどこへ行ったのか。そして、約束をすっぽかしたトルコの友人の話を聞いて「失礼なやつだ!トルコ人とは思えない!」と義憤に駆られた彼は誰だったのか。全ては金に始まり金に終わる。悲しいが、これが多くの人間にとっての真実。
結局、心が折れた僕はお菓子を買って部屋に引きこもり。そして、夜を待って予約していたセマーと呼ばれる旋回舞踏を見に出かけた。会場はホテルのすぐそば。が、何故か迷子になってしまい、気がつけば見知らぬトルコ人男性にお茶を誘われていた。ああ、夢のイスタンブールよ。
時間ぎりぎりに会場について座席を確認。前もって予約をしていたので幸運にも最前列だった。旋回舞踏とは、文字通り旋回を軸としたアクロバティックなダンスショー。2部構成で男性パートと女性パートに分かれていて、一応ストーリー仕立てになっていた。この日観たタイトルは「ホワイトローズ」。官能的で躍動感があって、終始目が釘付けだった。ネットでは退屈との評価もあったが、全然そんなことはない。またイスタンブールに来ることがあれば、是非他のプログラムも観てみたい。帰りに近くのレストランで羊肉のプレートを食べながら、次にイスタンブールを訪れるのは一体いつになるのか本気で考えた。