プラハ最終日。たった2日間しかいないのに、もう見るものがないという現実。クラクフ同様、プラハはパッケージ化された街なので、僕のように浅く楽しめればいい人間には2日で充分。とは言っても、最後の日をホテルで漫然と過ごすようなおおらかさは持ち合わせていない。結局、目的がなくとも、僕はカメラを持って徘徊を始める。
向かったのは、初日の夜に訪れたプラハ城。感銘を受けた聖ヴィート大聖堂の昼間の顔を見てみようと思った。行き方は、前回と同じ道で行ってもつまらないので、マラー・ストラナという歴史地区を通っていくことに。緩い上り坂が億劫だったが、華のある賑やかな場所だった。途中、マラー・ストラナ界隈で昼食。ローストチキンとピルスナーというビールを頂いた。基本的にひとりの時は酒を飲まないが、水よりビールが安いといわれるビール大国の名物ビールを飲まないわけにもいかない。
階段を上りきって、聖ヴィート大聖堂に到着。空を突き刺しそうな建物の鋭さにはインパクトがあるものの、やはり夜のほうが神秘的で見ごたえがあった。昼間は有料で大聖堂内部に入れるようで、迷わずチケットセンターに入って大人1枚を購入した。日本語表記の価格表があったことに驚き。
聖堂に一歩足を踏み入れると、異空間に迷い込んだような衝撃を受けた。高い天井とゴシック様式の内装は、無宗教の僕が信仰心を感じてしまうほど厳かで神聖な雰囲気。ステンドグラスはさながら緻密な絵画のようだった。こういう空間は広角カメラが役に立つので、ひたすら写真を撮り続けながらぐるっと一周。途中、見慣れた言葉が聞こえてきたので近づいてみたら、日本人観光客の団体がいた。この大聖堂がすっかり気に入ったので、団体客に紛れてガイドの話をこっそり聞かせてもらった。
続いて、同じくプラハ城内にある聖イジー教会と黄金小路。全く黄金を感じさせないパステルカラーの黄金小路は、錬金術師にちなんだ名前らしい。また、この通りはフランツ・カフカの仕事場(水色の建物)があったことでも有名。カフカは割と好きな作家なのだが、仕事場は単なるお土産屋になっていて何の感慨もなかった。
しばらく石畳の小路を歩いていると、先ほどの日本人観光客団体がやって来て、ここで自由行動になった。すっかり日本語にご無沙汰していた僕は、近くの老夫婦に軽く声をかけてみた。すると、「はぇ?日本の方ですか!?」と驚愕するおじいさん。英語と違って日本語の流暢さには自信があるのだが、何ゆえに驚かれたのだろうか。異国で日本人に会って感じるカフカ的不安。
プラハ城を出たら、赤茶色の屋根が密集する街の眺望を満喫して一路下山。小腹が空いたので、マックの看板が指し示す方向へ歩いた。ところが、行き着いた先は何故かマックではなく白鳥の無法地帯。果たして白鳥は食べられるのだろうか。そんなことを考えながら、餌をやっている人々を見つめて、白鳥のローストの味を想像した。
すっかり歩きつかれた僕は、最寄りの地下鉄から中心地に移動することに。プラハの地下鉄は、改札はあれど通り抜け防止のバーがない。加えて、基本的に無人なので、チケットなしでも簡単に通ることができる。たまには抜き打ちチェックでもやっているのだろうか。改札の仕組みを見るとまだまだな印象の地下鉄だが、線路の壁がデザイン志向でまるでミニマルアート。日本の地下鉄もこんな風にして欲しい。
中心地についたら、お土産屋と本屋巡り。そうこうするうちに、太陽はいつの間にかどこかに消えていた。さて、買い物を済ませて夕食に何を食べようかと考えた時に、僕の目の前にあったのは中華料理屋。パンばかり食べていると、やはり米の料理が食べたくなるもの。ということで、チェコ最後の食事は掟破りの中華料理に決めた。熱い緑茶に身も心も癒され、鴨肉と米で胃袋が満たされる至福のひと時。やはり、最後に行き着くのはアジア料理。
ブダペスト行きの夜行は0時過ぎ発なので、プラハの夜はまだ終わらない。とはいえ、特にやることがないので、友人お勧めのカフェに行ってみることにした。その名をGrand Cafe Orient。陳腐な名前だが、噂では世界で唯一のキュービズム建築のカフェらしい。言われてみれば、少しデザインがカクカクしているようにも見える。が、そもそもキュービズムを全く知らない僕は、ひとりで黙々とクロワッサンを食べてコーヒーをすするだけ。地味の極み。
ホテルで小休憩をして、いよいよ恐怖の夜行列車第2陣。プラハは安全な街だが、深夜に駅構内で待つ時間は極力減らしたい。夜の駅のホームは、クラクフ同様、どこか殺伐とした緊迫感が支配していた。僕はホームに上がるなり、早足で駅員を探してチケットを見せた。駅員に案内されたのは小奇麗な個室。カードで施錠出来るようになっていて、安全面は十分に見えた。加えて、1等だからか係員の対応が非常に丁寧。彼は何かあったらいつでも呼んでくれと僕に告げて扉を閉めた。鼻から抜けるため息。僕の心配は杞憂に終わった。
夜行列車の興奮はそう簡単に覚めやらぬと思いきや、寝転んで本を読んでいたらいつの間にか瞼は力を失っていた。そして、一瞬にして朝の到来。気持ちよく目覚めて荷物の整理を始めると、間もなくノックの音がした。係員が朝食を持ってきてくれたのだ。彼は事務的にあと30分で着くと言い放って静かに去っていった。窓の外には、人工物が何もないような田園風景。パサパサのクロワッサンを頬張りながら、僕はある結論に達した。夜行列車にまつわる諸々の噂、それはほとんど都市伝説。