ロンドン生活が終わったら、ヨーロッパを旅しようと決めていた。目指すは東欧。ひねくれ者の常として、フランスやイタリアなどのメジャーな国は避けたかった。カメラが水没したのは致命的だが、こういう千載一遇の好機をふいにするわけにはいかない。僕はクラクフ行きのチケットとじっと見つめて、ヒースロー空港からポーランドへ向けて飛び立った。
まずはワルシャワで乗り継ぎ。荷物検査で僕だけ全身をくまなく触られるアクシデントがあったものの、無事クラクフ行きの飛行機に搭乗できた。機内では、隣の席の割腹のいい中年男性にやたらと話しかけられた。アジア人が珍しいのだろう。聞くとワルシャワに出張していたクラクフの人らしい。深夜のタクシーに不安を抱えていた僕は、このチャンスを逃すまいと根掘り葉掘り質問を始めた。すると彼は、家からホテルが近いので一緒に乗って行こうと逆に提案してくれた。何て親切な人なのだろう。ポーランド株が急上昇する瞬間。
クラクフ上陸。初めてヨーロッパ本土に降り立った感慨に浸る間もなく、中年男性とタクシーに乗り込んだ。車内では、真っ暗な片田舎の街並みを眺めながら雑談。そして気がつけば、タクシーはホテルの前に停まっていた。僕はタクシー代を半額払って男性と握手。そして、一期一会を胸に刻みつつ、走り去るタクシーを見送った。
安かったので期待はしていなかったが、ホテルはきれいだった。受付の男性も美男子かつ爽やかで好印象。僕は部屋に向かうエレベーターの中で、幸先のいい旅の出だしを与えてくれたクラクフに感謝した。
気持ちよく眠った翌日。まずは朝食を食べようと地下のレストランへ。驚いたことに、そこは小さな図書館のようになっていた。いかにもヨーロッパといった、洒落ていながらも自然な佇まいに感嘆。そして、そんな場所にそぐわない自分に一抹の違和感。
黙々と朝食を平らげたら、部屋に戻っていそいそと観光の準備。ロンドンで水没したカメラで何度も試し撮りをするも、やはりまともに動かないのが悲しい。