一眼が水没した翌日は、ロンドン最後の日曜日。これが人生最後のロンドンの休日と考えると、無為にベッドに横たわっている訳にはいかない。疲れが取れない身体に喝を入れ、僕はiPhoneを握りしめてグリニッジ [Greenwich] に行くことにした。グリニッジと言えば、世界標準時刻のグリニッジ。英語ではGreenwichと書くので、最初グリニッジとGreenwichは別物かと思っていた。日本の英語教育の弊害。
グリニッジはホームステイ先から1時間程度。途中乗り換えが必要で、散歩がてらMonumentという駅で降りてみた。改札を出て見えたのは、空に向かって伸びる細長い塔。どうやら上れるらしく、僕は老体に鞭打って上ってみることにした。胸は(運動により)高鳴っていたが、中途半端な高さからみるロンドンの景色は70点。降りた時に「あなたは311段登りました」という証明書をもらえたのは地味に嬉しかった。
グリニッジ到着。駅を出ると辺りは落ち着き払った雰囲気で、ロンドン中心地の喧騒に慣れた僕には新鮮だった。道なりにしばらく歩くと、右手に人だかりができているのを確認。奥を覗いてみたらマーケットになっていた。こういう場所に来てまず気になるのはやはり食べ物。悩みに悩んで、数ある屋台の中からケバブのようなラップサンドを買った。
その後、人混みに紛れて雑貨類を色々見ていると、女性と思い切りぶつかってしまった。「Sorry」と謝りながら相手の顔を見たらどこかで見た顔。そう、彼女はクラスメートだった。偶然過ぎる出会いにお互い驚いて、しばらく立ち話。ここへは船で行き来できるという耳より情報をもらって、僕たちは別れた。
人の流れについて歩いていると、やがてそれらしい施設に着いた。入り口をくぐると、公園のような敷地に大きな教会が2つ。グリニッジが醸し出す閑静な郊外の雰囲気と、この公園に流れる安らかで厳かな空気が実に合っていた。ここで写真を撮ってのんびりしていたら、いつの間にか天文台の存在はすっかり忘却の彼方。気づいた時には夕飯のために帰らなければならない時間になっていた。
何故夕食はいらないとホストファミリーに告げなかったのかと後悔しながら、僕は7時に間に合うように電車で乗った。すぐそばにあった天文台を見てから船で帰れれば最高だったが、ほぼ徹夜明けでここまで来ただけでもよしとしなければならない。行きは楽しいが、日が暮れゆく帰りは憂鬱。家には7時ぎりぎりに着いた。夕飯のポテトと煮込みすぎた野菜たちはこの日特別味気なく、僕はいつもより多めに塩を振った。