旅が終われば、薄ら寒い現実がそろばんを抱えて待っている。今日のタクシーのチャーター代250元、観光地のチケット代合計220元、食費30元で、僕の手元にはもう100元すら残っていない。これで今日夜市に行ったらもう何もできなくなる。僕は早速両替をしてくれるホテルを探しに街へ繰り出した。本当なら中国銀行に行くのが一番手っ取り早いのだが、残念ながら営業時間外。明日の日曜日に開いている保証はないし、やはり今日中に片を付けるしかない。
僕はまず一番近くのホテルに入って両替を頼んでみた。カウンタの後ろにレート一覧があるので安心していたが、あっさりと拒否されてしまった。理由を聞いても、出来ないの一点張り。その代わり、受付の男性は通りの先にある別のホテルを紹介してくれた。首を傾げながら紹介されたホテルに向かうと、最初に聞いた男性は出来ると言ってくれた。ところが、いざお金を渡す時になったら、突然別の係員が現れてまさかのNG宣言。やはり理由の詳細は明かしてくれなかった。不安と共に、終日ベッドで過ごす不毛で贅沢な明日が脳裏に浮かぶ。
結局、10軒ほど回って全てのホテルで両替を拒否されてしまった。敦煌にて人間不信。何故なら、訪問したホテルのほとんどは、前のホテルの紹介で向かったから。中国流の親切心なのだろうが、このたらい回しには本当に参った。疲れ切った僕は、もう全てを明日の中国銀行に任せることにした。そして、ほとんど空っぽの胃を満たすために近くの市場に入った。
この市場は敦煌夜市といい、おそらくこの界隈では一番大きい市場。しかし、食堂エリアに入ると露店は少なめで、格子状に狭い店舗が密集していた。どの店も消灯していて、看板もでていないから、外国人には非常に敷居が高い。ただ、僕はこういうローカル向けの食堂に入ることに何の躊躇も感じなくなっていた。まず食べたのは牛肉の刀削麺。ラー油をたっぷり使っているのでとにかく辛かった。これを食べてもまだお腹に余裕があったので、別の店でよもぎを練り込んだような翡翠涼皮にチャレンジ。こちらもラー油をたっぷりで火を噴きたくなる辛さ。今回の旅行は、僕だけでなく胃にも当たりが強い。
気が付けば日が暮れ、本格的に夜市の時間が到来。食堂エリアの隣はお土産屋が軒を連ねていて、色彩豊かな屋台が僕の目を刺激した。ここで夜の撮影練習をしてみたものの、まったくカメラが思い通りに動いてくれない。一眼レフは性能が良すぎて、夜は特に光量のコントロールが難しい。うまく撮れない自分の実力に絶望して、重い足を引きずってホテルに帰ることにした。両替の旅で今日も散々歩いた。
ホテル前の通りを歩いていると、果物を売っている屋台を見つけた。ラー油地獄で口の中が疲弊し切っていたところだったので、ここで葡萄を買うことにした。僕はマスカットを1房だけ注文。ところが、売り子のおばさんはビニール袋にどんどん葡萄を入れだした。止めても言うことを聞いてくれない。最終的に満杯になった袋を計りに乗せて、彼女が請求してきたのはたったの10元(≒150円)。安すぎる。この値段なら文句のいいようがない。
部屋に戻って、山盛りの葡萄をチューチュー吸いながらインターネット。すぐさま中国銀行の営業時間を調べ始めた僕の目は、きっと血走っていた。中国銀行がここまで重要度を増す日は、過去にも未来にも決して訪れないだろう。