今週から急遽香港出張。数名の知人から「今香港に行って大丈夫なのか」と聞かれたのだが、煮え湯のような夏が去った香港は、気温も雰囲気も至って平穏。尖閣問題がピークを過ぎたというよりは、元々教育レベルの高い地域なのでアナーキーな雰囲気自体がない。
ただ、今香港は中国人観光客が非常に多いので、土日の外出は若干の危険を伴うかもしれない。しかし、素人毛沢東研究の第一人者を自認する僕くらい親中派な人間もいないので、アピールのために毛沢東Tシャツと毛沢東語録を買おうかと考えている。多分、その格好で歩いたら逆に香港人の鉄拳制裁を食らうだろう。人生は思うようにいかない。造反有理。
日曜日は当てもなく電車に乗り、繁華街である旺角の北の方に位置する石硤尾で下車。駅名との関係は不明だが、駅前には小さな岩山がそびえていた。駅に隣接する高層団地を抜けて少し歩くと、古き良き雑然とした香港が顔を覗かせた。ここの街並みは写真愛好家からすると垂涎もの。日本とは似ても似つかないこの街にノスタルジーを感じるのは、香港映画の影響かもしれない。香港がこれからもっと発展していけば、近い将来この辺りが背の高いビルで埋め尽くされてしまう可能性もある。ルアンパバーンのようにこの街も世界遺産に認定されるべきだと思う。
帰国の日。会社の前でタクシーに乗って、運転手の老人に「Airport」と告げた。すると老人は「Airport?」と聞き返してきた。僕は再度、「Airport」とRの発音を意識しながら答えた。少しして、信号で車が停まると老人は再び後ろを振り返り「Airport?」と僕を凝視。若干恐ろしさを感じた僕は小刻みに首を縦に振った。3分後、運転者がまた同じ単語を口にした。頷く僕。いぶかしげな老人。その直後、彼は狭い車内で両手を鳥のようにバタバタさせてこう言った。「Airport?」。それはBirdだと思いつつ、僕は引きつりながら頷いた。彼の目は少しも笑っていなかった。