場所取りにいざ浅草へ


この日は 隅田川花火大会。青空はほとんど見えないが、場所取りを考えると絶好の観覧日和だ。僕と友人は、昼過ぎに銀座線に揺られて浅草へ向った。
到着は午後1時半頃。駅を出るなりビールを買い込み、そのまま隅田公園方面へ歩いた。隅田川沿いは陸も川も警察で溢れかえっていて、要人でも来るのかと錯覚しそうになる。
成長したスカイツリー



午後2時前だというのに、隅田公園はほぼ陣取りされている状態。それでも予想より人は少なく、どうにか花火が見えそうな場所にビニールシートを広げて拠点を確保した。
あとは特にすることもなく、ガムランをBGMにビールを飲んで雑魚寝タイム。ふと顔を上げると、公園からはスカイツリーがよく見える。しばらく会わなかった親戚の子のように、いつの間にか背がぐんと伸びていた。
七つの災いの到来


夕方5時になると、周囲は一気に危険水域の人混みに突入。そこへベトナムの友人から到着の連絡が入ったのに迎えに行くと、駅前はすでにモッシュ会場と化していた。
出口は塞がれ、電話もほぼ繋がらない。黙示録でいうところの七つの災いが一度に押し寄せたような混乱ぶり。
結局、人波をかき分け探し続け、ようやく合流できたのは30分後。花火が始まる前から、身も心も疲労困憊になった。
戦場としての花火大会

花火が始まるまでの待ち時間はジェンガで遊ぶことにした。こういうシンプルなゲームは、言葉の壁を軽やかに飛び越えてくれるのがいいところ。
すべて順調に進むと思っていた矢先、残念な知らせが舞い込む。時間ぎりぎりに来たもうひとりの友人が、会場にたどり着けなかったのだ。
開始直前には隅田公園へ繋がる橋が封鎖されるらしく、どうすることもできないこのアクシデント。花火大会は戦場だという認識が足りなかった。反省。
追悼と祝祭の空


華やかな花火は、夜空を彩りながら1時間以上も続いた。
視界には道路がやや入り込んだものの、十分によく見える場所でひと安心。花火初体験のベトナムの友人も満面の笑みで、存分に満喫できた。
花火は、かつて人々を追悼するために打ち上げられた歴史もあるという。そう考えると、自粛ではなく、むしろもっと盛大にやってもいいのではないかと思えてくる。